新アララギ通信

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【87】子規の旅行鞄 (八) 現代短歌7月号より
2017/7/26(水)12:03 - 米安 幸子 () 削除

『新アララギ』代表 雁部貞夫先生の作品を転載します。 

                 現代短歌7月号【作品20首】より


    子規の旅行鞄 (八)     雁 部 貞 夫

(1)港の見える丘

港一望丘に上れば薔薇の園 子規の画見むとアーチを潜る

この辺り中島敦の通り道海彼の島に夢託せしや

子規囲む面々それぞれ髭男歌俳革新の壮途の雄姿

「新免一五坊」棒術使ひと友言へど子規門のひとり句を作る人

新免武蔵(たけぞう)と仕合したるは夢想権之助棒術使ひて友となりにき

権之助を棒術使ひと言ひし吾を生徒叱りき「杖術」継ぐと

若き日の健脚升(のぼ)さん地図を読み古き地形図に朱線施す

「仙台」図見ればなつかし「ケバ」描法用ゐし地図は江戸の技法か

江戸の世に蝦夷地探りし(*)武四郎「ケバ」描法の大図描けり
             *北海道の命名者、松浦武四郎

牛飼ひの左千夫の歌の「あらたしき」は「あたらし」ならむと小高賢言ひき

かかる謎今日は解けたり短冊に左千夫は記す「阿らたし幾歌」

十年の汗を流しし升さんか吾等は道後の湯に身を清む

(2) 終焉、「へちま」三句

「仰臥漫録」原本失せて五十年再び世に出づ絵の褪するなく

「竹乃里歌」かつて行方の絶えしかな誰かその謎解き明かすべし

「竹乃里歌」に「をり」止めの歌乏しかり間延びせむこと厭ひしゆゑに

この歌詠みも「をり」止めの歌連発す「根絶やしすべし」と耕衣は言へど

「情」よりもエスプリ勝る子規の性(さが)ひと世のうちの句は幾万か

升さんはつひに俳句の人なるか苦しき息に「へちま」の三句

碧梧桐の渡しし紙に「仏」の句記せどたらず左右にへちまの句添ふ

息絶えし子規を抱へて母は言ふ「さあ、もいつぺん痛いというてお見(み)」



 

【86】子規の旅行鞄(七) 現代短歌4月号より
2017/4/26(水)12:37 - 八木 康子 () 削除

『新アララギ』代表 雁部貞夫先生の作品を転載します。 

                 現代短歌4月号【作品20首】より

    子規の旅行鞄 (七)
                       雁部 貞夫

  (一)会津の本小屋

八十に迫る齢(よはひ)は考へず本小屋建つるオポチュニストわれ

幾つまで生きるつもりと揶揄されて「百は軽い」とうそぶく吾は

木の香ふんぷん大き書棚を仰ぎ見る磐梯山の西の麓に

わが書庫を抱琴軒と命名す子規門の若き抱琴思ひて
          原抱琴 政治家原敬の甥

わが小屋に今日より掲ぐ「山間明媚」の書 鉄斎外史の文字奔放に

本小屋の成りしを喜び旅先より電報打ちし深田久弥は

九山山房すなはち深田氏の書斎にてヒマラヤ志願の吾ら屯す

槙有恒記しし「九山山房」の額の下ヒマラヤ夢見き五十年前

本棚の一段占めしスタイン本駆使せぬは惜し山に逝きたり

今の世に升(のぼ)さん在らば鉄槌下すべし肺腑をえぐる歌なきことに

  (二)影印本『竹乃里歌』

ゆくりなく屋台に見出でし影印本『竹乃里歌』八千円はいかにも廉し

八枚の札取り出だす指ふるへゐしと店主笑へど今は吾がもの

展示会に見るのみなりし四十年まへ二万八千円なりき垂涎の書は

その時の口惜しさ切なさ思ひ出づ月給と等しき価ひなりしか

黒々と歌ぬりつぶす若き子規王朝風の歌あまたあり

朱筆もて塗りつぶしたる歌もあり有りがたきかな影印本は

子規の歌評せし虚子と碧梧桐 歌俳一如の時代を思ふ

走り書きの歌も混ぢへて気品あり病子規の文字を鑑(かがみ)とすべし

残したる筆硯見れば並みの品筆選ばざりし子規の字はよし

明治三十四年正月の歌記ししが最後なりそののち一年半の命保てど

【85】 子規の旅行鞄(六) 現代短歌1月号より
2017/1/30(月)17:46 - 八木 康子 () 削除

『新アララギ』代表 雁部貞夫先生の作品を転載します。 

                 現代短歌1月号【作品20首】より

    子規の旅行鞄 (六)
                       雁部 貞夫

 (一)節の単独行ーー奥州金華山より信州秋山郷へ

明治末年節は四十日の旅をせり手始めに先づ金華山行

松島より浦々辿りて「山雉(やまどり)の渡し」まで堅パンかぢりて節歩みき
                  この年凶作にて軍用の堅パン放出す

海峡のその幅わづかに八百米吹き降りの舟を節楽しむ

四十日の旅のさなかに踏みし土地 金華山、会津、佐渡、『北越雪譜』の秋山郷へ
                     江戸期の越後の豪商、鈴木牧之の著

「大ナルハ径三尺並ハ一尺」と舞茸喰ひし喜び佐千夫へ報ず

秋山郷より苗場の山を越えしとぞだが無理ならむ如何に脚強くとも

まことには苗場の麓の間道を辿りしならむ熊獲り名人の案内頼りに

散文をしきりに書きゐし節なれど吾が里踏みし歌なきは惜し

さり乍らなにゆゑ一首も残さぬか「幽邃限りナシ」と言ひし牡鹿の浦を

かく迄も節の心を駆り立てし思ひは何か本音聞きたし

           (二)節の小遣ひ帳

資産家の子なれど節は几帳面旅の費用を細々しるす

徒歩の旅の疲れいやしし砂糖水一杯一銭五厘か今のいかほど

質素なる旅を続けし旅籠賃一泊おほむね五十銭なり

その頃の帝国ホテルの一泊は約六円節の長旅は今の二十万円ほど

山深き秋山郷の出湯にて日々の岩魚に節音をあぐ

信州と越後境ひの山の奥 出湯といへど木賃宿なり

塩焼きを吾は好めど日に三度の岩魚責めなり吾堪へ得るや

一どきに五匹の鮎を吾が食めどまことに旨きは二匹くらゐか

着ゴザにて野山に節は眠りしか今われ羽毛の服に安寝す

この人に孤独地獄は無かりしや単独行に齢(よはひ)重ねて

【84】子規の旅行鞄 (五) 現代短歌10月号より
2016/10/28(金)20:23 - 八木 康子 () 削除

『新アララギ』代表 雁部貞夫先生の作品を転載します。 

                 現代短歌10月号【作品20首】より

    子規の旅行鞄 (五)
                       雁部 貞夫

 (一)単独行者(アラインゲンガー)・長塚節

・何よりも単独行を吾は愛す「歌」の世界の節のごとく

・山も歌もその究極は単独行個を貫くを本懐として

・子規に出会ひ開眼したる節なりその二年のち子規逝きたれど

・子規に会ひし二十一歳の節ゆゑ佐千夫言ひけり「理想的愛子」と

・子規と節文明と相沢正かくのごと茂吉に若き弟子あらざりき

・地図の上に朱線を引くを喜びて節は常に単独行者

・参謀本部二十万図と笠と着ゴザ旅の必携と記す節か

・深田久弥の遺せる地図の夥しその足跡を朱線に辿る

・宿料を必らず値切る強かさ意外なる面節にもあり

・薩南の開聞岳に立ちしとぞ喜びあふるる絵葉書十通

・写生道極むる手立てに旅はよし茂吉山人言ひにけらずや

 (二)病者にして健脚

・病持つ節なれども脚強し長旅するが生ける験(しるし)と

・いづこにて節詠みしや「乗鞍岳」の十四首なかんづく「天にはるかに」見たるその地は
                
・乗鞍を把へし地点を断定す文明は「立石山」よりの遠望なりと
              霧ヶ峰へ行く途次の山

・立石山の実際を知る「我なり」と語気強き文明、昭和戦前

・長く辛き旅を厭はぬ節ゆゑ写生を超えし歌詠み得たり

・九州をひたすら南下し日向にて食らふ魚なきを嘆きし節

・子規と節の童貞云々せし某先生秘かにわれは軽蔑せりき

・死の床にをとめの写真秘め持ちし節の孤独を思ひみるべし

・アララギの有力歌人にてただ一人先生と呼ばれざりし節たふとし

【83】運営スタッフの作品を転載します
2016/9/18(日)11:09 - 米安 幸子 () 削除

**********  うた新聞8月号より転載   **********

   「撃つな」     大窪  和子

・ダッカにてIS拘束の七人死すと伝へくるヤフー深夜のスマホ
・「撃つな」といふ声に応へて撃ちたりと故由見えぬ闇果てしなし
・この星を巻き込むかかる殺戮を見て居るものの無きか遥かに
・冷え冷えと梅雨のあめ降る朝にして何に鳴きつぐ鶯ひとつ
・独りなるこの時を侵すものなかれと思ふ間に掛る選挙の電話



**********  現代短歌新聞9月号より転載  **********

    オイルの匂ひ   今野  英山

・自転車に街ゆく輩は日に焼けてもうそれだけで変人あつかひ
・自転車にためらひつつ乗る赤錆びの餌食となれる吾の愛車は
・自転車に走る道などどこにある人も歩けぬ沖縄の道
・空き缶を運びし男は自転車に選挙幟をたてて街ゆく
・手に入れし僕の自転車は盗品だつたオイルの匂ひ今もたちくる

【82】小谷選者の作品『 ふるさとの星明り』13首
2016/9/1(木)08:04 - 八木 康子 () 削除

しみじみと郷愁に誘われる連作13首、現代短歌9月号より転載します。

ふるさとの星明り
  小谷  稔

              
・星空の下にて肉を焼く集ひはらから揃ふ稀なる宴(うたげ)

・囲炉裏ありし頃の薪の軒下に残るを燃やす庭の宴に

・はらからの六人揃ひよく語りよく箸うごくふるさとの夜を

・はらからの宴に近き盆棚に父母のみ霊(たま)もともに楽しめ

・筧(かけひ)より庭池に落つる山水の音も少年の頃と変らず

・谷々のなべて棚田の荒れ果てし沢ザコ南ザコその名忘れず

・塩鰯に馴れたる母は早苗田に捕りしウナギを口にせざりき

・学寮のわれに代はりて農を助けし弟は早く歯の衰へぬ

・減反も放棄せし田も父は知らず若く逝きたり戦後二年目

・庭の宴終へて見上ぐる北空の竜座は跳ねる形ゆたけし

・残りたる三軒の夜の音もなし車二台に星明りして

・ふるさとの筧の水の透きとほるボトルの二つ家苞(いへづと)にせむ

・峡の棚田畦もとどめず野と荒れし哀しみ抱き街に帰らむ

【81】☆★☆ 吉村睦人 歌集 『鉄鉛集』 ☆★☆
2016/8/6(土)15:16 - 米安 幸子 () 削除

このたび 新アララギ選者・編集委員・吉村睦人氏の第四歌集
『鉄鉛集』が刊行されましたので ご紹介いたします。

高野山

降る雨は苔の青める檜皮屋の社の屋根に吸はるるごとし
高野槙の大木ありてその蔭に宝鐸も苔むす多宝塔見ゆ
冬の間を雪に圧されて平びたる落葉の中に萌ゆる羊歯の芽
雪とけし崖の赤土にあまたあり猩猩袴と思ふロゼット
旧字体の「鹽專賣所」の札残る店あり峠のバス亭の前

いくつかの旅

春の潮けぶらふ瀬戸の島を恋ふ就中黄かたばみ咲く大崎上島
たてつづけに煙草すはるる先生をあやぶみたれど何も言へざりき
奥さんに知られぬゆゑにわが車に乗りて煙草を吸ひつづけゐき
砂利地(つち)にこぼれし種にて芽生えしか十四、五本の鶏頭のあり
どの言葉にも少しづつ隔りを感じつつわれはつひに黙してゐたり
夜更けまで囲炉裏のまはりで論議しぬ布団に入りてなほも言ひ合ひぬ


******************************************************
発行所 現代短歌社
住所   113-0033 東京都文京区本郷1−35−26
電話番号 03-5804-7100
振替口座 00160-5-290969 
定価  2000円(税込) 〒160円
196頁 623首

【80】☆★☆ 小谷 稔 歌集 『黙坐』 ☆★☆
2016/8/5(金)21:36 - 米安 幸子 () 削除


このたび 新アララギ選者・編集委員・HPインストラクター 小谷稔氏の第五歌集
『黙坐』が刊行されましたので ご紹介いたします。 

沈黙の日々

声帯を病みて吾より人を絶ち人を怖れて百日を超ゆ
左側の声帯は麻痺しわが老いの命を措きて先に逝きたり
頭を振りて吾が意思つたへかにかくに黙してけふの一日過ぎたり
木蓮に返り花ありわが声のもとに返るをいつと待つべき
二ところにメスの入りたる身を庇ひ世を捨てしごと人を絶ちゐる
南大門出でて仰げば怒る口の仁王の声なき声の尊し
声帯を病みて四月かもの言はぬ行の寂しさも少し知りたり
みどりごのごと物言へずただ縋る文字ありよぎる思ひを記す

声を放つ
花の名を季節を追ひつつ思ひ出し遂に寂しも声のなきもの
もの言へぬ四月を耐へてわが癒えし声を放たむ流るる雲に
つくづくと思ひ知りたりみづからの声をこの世にまた無きものと

******************************************************
発行所 現代短歌社
住所   113-0033 東京都文京区本郷1−35−26
電話番号 03-5804-7100
振替口座 00160-5-290969 
定価  2500円(税込) 〒160円
210頁 686首

【79】斉藤茂さんの歌、補足
2016/7/30(土)16:01 - 大窪和子 () 削除

タイトルに誤りがありました。この8首は8月号集Vからの転載です。
集Vは集Uより各選者が選抜したした6首以上の優秀作が載せられています。

【78】「強く握りぬ」 斉藤 茂さんの歌 8月号集より
2016/7/30(土)14:14 - 大窪和子 () 削除

斉藤 茂さんが亡くなりました。5月22日のことです。現在の投稿者の中に彼を記憶している方が
何人かは居られると思います。今でも「今月の秀歌と選評」のバックナンバー(7,8年前から何年か)に
ホームページでの足跡が残されています。
おそらく8月号のこの8首が新アララギに寄せられた最後の作品だと思います。倉林美千子さんの
書かれた選歌後記と併せて心してお読みください。

 ダンス終へ満ち足りて帰る自転車のわれの背中は西日にぬくし

 東京を過ぎれば電車に見えてくるいぢめに遭ひし職場の窓が

 三人より貰ひし義理チョコ出して見せ三時のお茶に妻と分け合ふ

 春の雨しとしと降るを見つつゐて続く微熱は四日目に入る

 主治医より吾の病状を聴く妻は手を求めきて強く握りぬ

 世界ハーフマラソンのわがユニホーム「JAPAN」日本代表を優太に譲る
 
 臥す吾を気遣ふ優太は添ひくれて失敗談にて笑ひを誘ふ

 買い物の道に見つけしむらさきの都忘れの花に佇む


選歌後記から   倉林美千子
 
 ご本人の最後の投稿ではあるまいか。まだあるかもしれぬ。訃報は発行所で知った。
斉藤茂さんは新アララギのホームページから入会なさった方で、東京歌会の常連であったし、
夏期大会にも奈良の歌会にも熱心に参加された。このごろとみに歌が上手になったという噂を
何度か聞いた。前向きの明るい方でついこの間の東京歌会でもお会いしたばかりである。
まだ若かったのに、これからだったのにと胸が迫る。

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