作品紹介

若手会員の作品抜粋

  東京 臼井 慶宣

目眩呼ぶ夏空の青をも凌駕して連なる緑は網膜を染む

夕立ちにむせ返る匂ひ発散しアスファルトは誇る炎帝の爪痕


  大和高田 田中 教子

ログオンをしたまましばらく待っている情報処理の教師の登場

図書館の書棚にもたれ留学生の四川方言しばし聞きいつ


  東京 坂本 智美

あなたへの手紙を綴る文章が気付けば社交辞令の文句

被爆者が「頭が裂けても生きてた」と語る声に戸惑ふ我は


  米国 倉田 未歩

白黒茶黄色の群集川辺にて花火楽しむ独立記念日

人間と共存させられていることを知っているのか夕暮れの鹿


  スイス 森 良子

吾の知らぬ言葉とリズムで職人らは歌い働くわが地下室に

夏の日は山迫り見ゆあの山まで共に行こうか迷いし犬よ


  札幌 村上 晶子

沈黙のうちにある色君の色蒼き風吹く草原に似る

日が落ちて薫るアカシア君と会う次の約束思い巡らす


  京都 下野 雅史

たまには僕を見てねと心こめ夕日を背にしてノートを渡す

笑ひさへ君がゐるから幸せで君が居るから泣いてゐるんだ


  兵庫 小泉 政也

前進も後退も同じ勇気なら素直に歩ける道を進もう

諦めて覚えることが大人なら永久に幼児のままで死にたい


  西宮 北夙川 不可止

寝ねがたき暑き夜更けをネットして死体写真のサイト見つけぬ

見上ぐれば赤き月あり祇園会の夜を月蝕に気づく人なく


  ビデン 尾部 論

夜の森騒ぎ続けぬ近づける死と戦える祖父の息吹か

夜嵐にビデンの森の糸杉の揺れて祖父の死を吾は予知せり

選者の歌


宮地 伸一

今世紀もあと数カ月その間にも襲はむか世界をゆるがすことの

火山灰を到るところに積み上げて人ら忙しき温泉街に来ぬ

苫小牧の地下の酒場に東京の子の声を聞くケイタイは良し



佐々木 忠郎

上の階の花の種こぼれて吾が庭のところどころに日日草咲く

窓下に干からびし守宮のむくろあり紙に拾へば未だいとけなき



三宅 奈緒子

遠く来て八島湿原の花のなか露おぶる白山風露にかがむ

霧の蔵王をゆきし若き日を思ふなり今日横岳の濃き霧のなかに



吉村 睦人

道化師のごとくに今日も振舞へりただに悲しきこころ怺へて

賀川豊彦教へ下さりし「最微者」といふ言葉久し振りによみがへり来ぬ



小谷 稔

家持の若く勤めし兵部省の址は葦生ふ草いきれして

しだれ柳垂れてしづかに草に触れ天平の代に返る思ひす



石井 登喜夫

桂が浜のなぎさの波に鮮明に年わかき父少年のわれ

抜き手切りて遠ざかりゆく父の腕ああこの浜にとはのまぼろし



雁部 貞夫

木の声を聴かむとブナに耳を当つ聞ゆるは吾が胸の鼓動か

「忙しい」が口癖となる日々にして生命の泉涸れゆく思ひ



新津 澄子

キャンパスをめぐりて小さき運河ありライデン大学朝の門閉ざす

キャンパスの橋に舫へる白きボート船腹にあざやかに「芸者」と記す



添田 博彬

暖かき庭に緑増す錦木の日に照る花は葉よりも淡し

色煉瓦敷きたる歩道に夕早く屋台は来りて提灯ともせり

先人の歌


正岡 子規

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

いちはつの花咲きいでて我が目には今年ばかりの春行かんとす



長塚 節

馬追虫の髭のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし

白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり



伊藤 左千夫

牛飼が歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる

おり立ちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落葉深く



島木 赤彦

高槻のこずゑにありて頬白のさへづる春となりにけるかも

みづうみの氷は解けてなほ寒し三日月の影波にうつろふ



斉藤 茂吉

あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり

最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも



土屋 文明

この三朝あさなあさなをよそほひし睡蓮の花今朝はひらかず

青き上に榛名をとはのまぼろしに出でて帰らぬ我のみにあらじ