作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年2月号)★印は新仮名遣い


  埼玉 藤丸 すがた ★

この田舎にようやくて゜きたスーパーも学校をまた遠くしただけ

電車の中に同じ制服の生徒らが身を寄せ合って朝から眠る


  兵庫 小泉 政也 ★

心境を誰かに報告しようにも携帯の圏外ださすが久米島

久米島の蕎麦は台湾蕎麦に似て忘れるつもりの君を思い出す


  京都 下野 雅史

枯れてゆく木々の嘆きを感ずれど木々の蓄へし精気が匂ふ

フィリピン人かと言はれて少し納得しハーフかと言はれ笑ひ声上ぐ


  スイス 森 良子 ★

手鏡にうつす残虐な天井画聖書の一場面にて吾が心占む

篭りいる窓より森に上がる見ゆ煙幾筋も狼煙とも見ゆ


  札幌 村上 晶子 ★

ひと月も先の予定を待ちわびてカレンダーにつけし赤丸

見上げたるままにて君は手を取りぬプラネタリウムの星明りの下


  浦和 梅山 理香

名を呼べる吾の声にも怯えたり手術終へたる小さきネズミ

苦しみてなほ生き続くる切なさを病みしネズミは吾に教ふる


  東京 谷口 裕姫子 ★

うしろからそっとまかれたマフラーは君のにおいが心地よかった

あの頃と同じ笑顔に会いたくて球場の芝に一人佇む


  鳥取 石賀 太

宗教の違ひの争ひは愚かなり豆が豆殻を恨むごとくに

円筒埴輪の底部に残る指の痕に古代の人を偲びつつをり


  東京 姥沢 香子 ★

友よりも兄弟よりもまず先に君が結婚してしまうなんて

結婚は最大の逃げと言っていた君が最初に逃げてしまった


  西宮 北夙川 不可止

冬物のブレザーを着て本当に何でも似合ふと鏡見てをり

快速電車地下に入りつつ新人らしき運転手の称呼の声が響きぬ


  スイス 尾部 論 ★

若くして嫁ぎ来し汝の勇気に乾杯口さがなきはまるで気にせず

重き樅(タンネ)の扉に少年の走り入る幻影はボンの吾が家にして

選者の歌


宮地 伸一

みまかりて二年過ぎぬ岡の上のみ墓の赤き文字は消されず

はるばると来りてけふは水注ぐ長く心にありしみ墓に



佐々木 忠郎

長き一生に同じ夢ふたたび今朝は見ぬ短剣佩きしわれの姿を

いくさに勝つただそれだけの青春でありたることは子に語るなし



吉村 睦人

茂吉登りし跡をたどりてかの時にわれの登りし道はいづこぞ

蔵王(ざうわう)の山に向ひてわがをれば悲しみはさらに深まるごとし



三宅 奈緒子

今は今の思ひに心乱りつつ三たび紅葉の天竜峡ゆく

「生命の行方つひに知らずも」心残して逝きたり病み病みし果



小谷 稔

心臓を病む身をみづから試さむと雲取を越えつ秋の二日を

ともかくも大雲取小雲取越え得たりあるいは終の徒歩の旅かと



雁部 貞夫

敵性語の英語はロシヤ語より苦手と東ドイツの友ははにかむ

麦酒好む友はババリアの山男鹿の刺身を幾皿も換ふ



添田 博彬

五十回忌近くなりて思ふ両親(ふたおや)の惚けしを見ざる幸と不幸と

時代小説好みて読みし少年にて疑ふなく「どぜう」に親しみて来ぬ



石井 登喜夫

牛飼はぬ牧舎の跡の白き壁古城に似たり山の狭霧に

おとろふる花のいのちか尚しばしの朝あさあれや道の露草

先人の歌


正岡 子規

くれなゐに梅ちるなべに故郷につくしつみにし春し思ほゆ

つくし子はうま人なれやくれなゐに染めたる梅を絹傘にせる



伊藤 左千夫

空近き富士見の里は霜早みいろづく草に花も匂へり

天地のくしき草ばな目にみつる花野に酔ひて現(うつつ)ともなし



長塚 節

山茶花のはかなき花は雨ゆゑに土には散りて流されにけり

山茶花のあけの空しく散る花を血にかも散ると思ひ我が見る



島木 赤彦

月の夜の霜白く降れり窓の外に駅の名呼びてとほる沓音

片寄りに煙はくだる浅間根の雪いちじるし有明月夜



中村 憲吉

身はすでに私ならずとおもひつつ涙おちたりまさにかなしく

岩かげの光る潮より風は吹き幽かに聞けば新妻のこゑ



斉藤 茂吉

ゴオガンの自画像みればみちのくに山蚕殺ししその日思ほゆ

をりをりは脳解剖書読むことありゆゑ知らに心つつましくなり



土屋 文明

幼かりし吾によく似て泣き虫の吾が児の泣くは見るにいまいまし

青々と海苔つく岸のあらはれし月島に来り子供と遊ぶ


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