作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年6月号)


  スイス 森 良子

冬の雨止みて覗ける陽を浴びて黒歌鳥(アムゼル)は道路を横切り歩く


  札幌 村上 晶子

君の目に刻々とネオンの映りゆく気持ちの揺らぎなしと思えど


  仙台 佐藤 元気

追い込みをしながら追い込まれていた今回何とか合格したが


  東京 臼井 慶宜

満開の桜の花弁を凝固させ春の小雪が先んじて散る


  千葉 渡邉 理紗

自らの順番巡り混乱しあわてふためく介護の実枝


  大和高田 田中 教子

期待とは大凧の糸ひきすぎてふっと切れたる時の青空


  鳥取 石賀 太

はつと思ひ写真撮りきといふ人に歌にも同じことありと言ひぬ


  埼玉 藤丸 すがた

同い年の殺人に思うこの僕も急いでいたらAと呼ばれる


  京都 下野 雅史

白き身に赤味さしくる大和えび僕も欺瞞の鎧脱ぎたし


  三浦 高村 淑子

携帯を誰もが握る電車のなかひとりでに私の指も動いている

選者の歌


宮地 伸一

値引きするは今日までと言ふ牛丼を若きにまじりまた食はむとす

日本語を乱すひとつはサ変動詞「愛さず」「通じず」と朝刊に今日も



佐々木 忠郎

傷つきて道に動けぬ雉鳩をいたはり抱きて媼去りゆく

失ひしつれあひを呼ぶ雉鳩かモチの木に来てしきりに啼くも



吉村 睦人

千島艦沈没に一句残したり子規あらばえひめ丸をいかに歌はむ

うつせみは苦しくあれどわが胸に一つ点れるともし火のあり



三宅 奈緒子

生(よ)の哀しみも倦怠も知りロートレック娼館に入りて描き描きし

人々の仮面を剥ぎて描きたり無頼の群れにおのれ生きつつ



小谷 稔

横縞の地層あらはなる崖の仏遠き日玄装も拝みしものを

ふと思ふ自覚し時計を使ふなき暮しとなりて幾年を経し



雁部 貞夫

爆破一瞬画面を覆ふ風と沙歴史なみする愚行を見つむる

何億も金を費やす大使館命かけてタリバンと渡り合ふ一人もなし



添田 博彬

諦めかけし時に告知を受けたるが最も辛かりしとひそかに言ひぬ

またありて体力残れるときの告知に心奮ひたち癒えしとも言ふ



石井 登喜夫

海山をへだてて二つ墓のあり父母を想ひわが子をおもふ

くれなゐのこの花の名をわれは知らずけふも何気なく暮れてゆくのか

先人の歌


正岡 子規

夕顔の棚つくらんと思へども秋待ちがてぬ我がいのちかも

くれなゐの薔薇(うばら)ふふみぬ我が病いやまさるべき時のしるしに



伊藤 左千夫

あたたかき心こもれるふみ持ちて人思ひ居れば鶯のなく

をさなげに声あどけなき鶯をうらなつかしみおり立ちて聞く



長塚 節

白埴の瓶こそよけれ露ながら朝はつめたき水くみにけり

楢の木の枯木のなかに幹白き辛夷はなさき空蒼く闊(ひろ)し



島木 赤彦

むらぎもの心しづまりて聞くものかわれの子どもの息終るおとを

幼きより生みの母親を知らずしていゆくこの子の顔をながめつ



中村 憲吉

磯を行くひまだに母はあはれなり我が新妻を愛(を)しみたまへり

おほけなく涙おちたり生(しょう)ありてあり磯の珠も母と拾へば



斎藤 茂吉

あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり

かがやけるひとすぢの道遥けくてかうかうと風は吹きゆきにけり



土屋 文明

地下道を上り来りて雨のふる薄明の街に時の感じなし

ふりいでし雨の中には春雨とは吾にはうとき言葉と思ふ


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