作品紹介

若手会員の作品抜粋



(平成13年9月号)


  スイス 森  良子

酒に酔い泳ぎ疲れて浮かぶ海に吾が名呼び継ぐ夫の声する

単調なリズムを刻む夫の鼓動を聞きて足る今語ることなし


  長野 高杉 翠

大ぶりの枝垂れ桜の花笠に君と入れば枝先揺るる

夜風吹き君の手だけが暖かしゆるりと歩く桜並木を


  東京 臼井 慶宜

御影石のベンチに大の字となりて背中から夏を確かめてゐる

我が机に夏の太陽入り来て熱ければ熱き程に胸は高鳴る


  東京 田辺 ともみ

オレンジの満員電車僕はまだ個性が分からず安心してる

ザラザラの肌した頬が大好きだ世に容れられぬ君の生き方


  埼玉 松川 秀人

食事すら満足にできぬ人々の事を思えば憂い増えゆく

無理をして飯など食らう日本人よもっと楽しく食事したまえ


  千葉 渡邊 理紗

宴席で恋の押し売り始まってただただ酒を喉へと流す

肯定も否定もせずにほろ苦いビールを飲んで時間を稼ぐ


  大和高田 田中 教子

人間の皮膚の色別いう町のコーヒーハウスに朝食をとる

黒人の老婆が歌うジャズにのり床掃く昼は故郷思わず


  埼玉 藤丸 すがた

弾け飛んだD弦のため街に出る切れたままではストレスがたまる

久しぶりに駅に忘れた自転車が積み上げられて残骸の中


  京都 下野 雅史

水色のベネチアングラスの置場なく部屋の片隅に埋もれてゐる

ゴーカートの隣に君を乗せてをり森の景色に話がはづむ


  兵庫 小泉 政也

灼熱の時季になっても日焼けせぬ青白い奇妙な肌を持つ僕

五月末のリストラ以降バイト先の士気の低下がはっきり目立つ


  宮城 佐藤 元気

専制に磔となる義民の子素直で美しき性根なりしに

一点の曇りも持たぬガラスにて山ただ広し丘ただ広し


  岡山 三浦 隆光

遠き日に母と二人で住みし町インターネットの地図に探しぬ

このままで終る吾ではない筈と思ひつつ鍬を強く打ちこむ


  西宮 北夙川 不可止

退社後に食ふ焼鳥が楽しみとなりサラリーマンになりてゆくらし

長雨のやめばたちまち夏めきてハーフパンツで街に出で来ぬ


  ビデン 尾部 論

カプリの陽をまず満身に浴びてみん吾が社の逆境は今更変わらず

切れ切れにシレーネ沖より聴こえ来るカンツォーネはどの帆船からか

選者の歌


宮地 伸一

本雑誌日々にたまりて整理できず家のなかわづかに通路を残す

イチローの打つ日打たぬ日我さへも心ときめき過ぎし幾月



佐々木 忠郎

戦場ヶ原恋ふれど行けぬ口惜しさに今年は庭草茂るままにす

綿菅(わたすげ)はなけれどあら草の茂る庭たまには蜻蛉も来てくれるなり



三宅 奈緒子

全く癒えし君をかこみて喜べど覚むればみじかし朝がたの夢

桜桃忌の近ければみ墓に積む花束若き二人また百合いだき来ぬ



吉村 睦人

数多ある星も見えず天体の中にて孤立してゐる地球か

蟻をらず巣を張る蜘蛛も見当たらず地球は確実に死にかけてゐる



小谷 稔

大学の卒業証書いつまでも取りに来ぬあり役に立たぬか

レポートの誤字の減りたりケイタイにて漢字を調べつつ書くはよし



雁部 貞夫

十年経て訳し了せぬ『オキシアナの道』知る人ぞ知る旅の傑作

雪解けの水に冷やしし乳形の青き葡萄よまぼろしに似て



添田 博彬

クリニック閉ぢむと決めて心揺らぐ恩頼に報い得たりしや否や

国の税受けて学びしを恥とせる心を富みたる友は理解せず



石井 登喜夫

山陰の辛夷の花は過ぎがたに飛騨へ越えゆく道と別れぬ

菅平に木曾に又聞く「信濃の国の歌」峡の若葉に別れむとして

先人の歌

  斎藤 茂吉 (つゆじも)

  「月夜 ほか」

高原の月のひかりは隈なくて落葉がくれの水の音すも

飛騨の空に夕の光のこれるはあけぼのの如くしづかなるいろ

飛騨の空にあまつ日おちて夕映のしづかなるいろを月てらすなり

わがいのちをくやしまむとは思はねど月の光は身にしみにけり

あららぎのくれなゐの実を食(は)むときはちちはは恋し信濃路にして


  土屋 文明 (山谷集)

  「八月十六日」

暑き夜をふかして一人ありにしか板縁の上に吾は目覚めぬ

ふるさとの盆も今宵はすみぬらむあはれ様々に人は過ぎにし

暁の月の光に思ひいづるいとはし人も死にて恋しき

有りありて吾は思はざりき暁の月しづかにて父のこと祖父のこと

安らかに月光させる吾が体おのづから感ず屍のごと

[石井注記]
斎藤・土屋両先生のご活躍の時期が違うので、作品を並べて掲げることに困難を感じている。 そこで、ホームぺージ掲載の季節に合わせて、ひとつの感味のまとまりを求めながら、アトランダムに選んでいるので、甚だ体裁の悪いものになってしまっている。 おわびしておきたい。

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