作品紹介

若手会員の作品抜粋


 東京 臼井 慶宜

法曹にならば再び雪山に戻らむと期して春の始まる

サンダルを突つ掛けし我に眩しかり三四郎池は初夏を映じぬ


  埼玉 松川 秀人

はしご酒しカラオケに行きハメ外す今日だけ許せこれから頑張るぞ

喜びと不安混りて落ち着かず同じキャンパスにまた通うのに


  鳥取 石賀 太

二尋はあるかと思ふしだれ桜に手を伸ばす君とひとときをゐる

梨の花白きが続く山道を雪の大山仰ぎつつゆく


  尼崎 小泉 政也

どの会社も聞いてくる事は皆同じこの国は横並びが好きな様子で

ジーパンにトレーナー着て面接に行ってやろうか嫌いな貴社へ


  京都 下野 雅史

野生では死に絶えし種を動物園で目にする矛盾人間のエゴ

蜜を吸ふ蝶に近づきてのひらの中にふはりと包みこみたり


  倉敷 大前 隆宣

我等三人をリストラにするそれだけで会社が助かるのだと言われぬ

竹の子の味ほろにがし春が来ても吾が身に春はいつかえるのか


  スイス 森 良子

長かりし工事終りて外されし脚立のあとに芝は未だし

夜を通し篭りて仕事せし夫の何も無き机に朝日さしたり


  浦和 梅山 里香

咳払ひひとつ聞こえずPTAの役員決める時間となれば

懇談会にうつむき黙す母たちの胸の鼓動が響く教室


  西宮 北夙川不可止

海上といへども瀬戸内は電波強く携帯メール次々に入る

無為に時経つに馴れつつ無為に経つ時を惜しみて桜見上ぐる


  岡山 三浦 隆光

路面電車の深き茶色の木の壁に俳句ポストのあるを見つけぬ

吾を見て近寄りて来し若鶏の眉間にいかつき隆起ある見ゆ


  大阪 阿木結実穂

前任者の煙草の臭ひ染み付きし書道準備室に我の荷を解く

朝配りし「保健室だより」は束の間に窓より舞へり紙ヒコーキとなりて


  横浜 大窪 和子

白きひと花開き初めしと喜びいふマンションの五階に薔薇つくる娘は

機体の下に流るるごとくアルプス見ゆ雪剥がれ黒き槍をまなかに


  ビデン 尾部 論

先重き交渉の日々連なりぬ確かなること吾が決意のみ

沈む日はジュラ山麓に立ち上る原子炉の煙を紅に染む

選者の歌

  東京 宮地 伸一

片寄りにつぎて流るる花びらを鴨乱すさま今年また見つ

金星火星土星水星すでに沈み木星残るひとつ孤独に


  東京 佐々木 忠郎

幼きより祖母の手に育てられし妻歯がゆきまでに孫子にやさし

ユニセフより吾が知らぬ領収証届きたり妻には妻の思ひあるべし


  三鷹 三宅 奈緒子

幼きわれを手離してひとり帰り来しかこの低き丘の囲める里に

母の生家をいづこと知らずさまよひて疲れて腰をおろす蓮華田


  東京 吉村 睦人

退会せし人の名をフロッピーより削除する月に一度のさびしき仕事

今月の出張校正も終りたりかくて過ぎたる四年六か月


  奈良 小谷 稔

うまきもの食ひし記憶もなく育ちはらから六人姉の法会に

春の斑雪残るふるさとの山に対ふ老いに入りゆくわれらはらから


  東京 石井 登喜夫

わが瘡(くさ)を癒す術あり人ありと聞きてこころは天翔りゆく

時祷書の「愚者」の姿をわれと見て心のいたみ祈りをれども


  東京 雁部 貞夫

海の辺に藤堂高虎の城残る高きはよろし山ならずとも

高虎の湯潅の記録残りゐき刀と槍の創おびただし


  福岡 添田 博彬

議員バッジつけて現れカメラの前にポーズとりて外す図りゐし如く

残心とはかかる姿態か外したるバッジより暫し眼(まなこ)逸らさず


  さいたま 倉林 美千子

小箱に古りしドイチェマルクを手にとりぬわが暮し支へし親しき通貨

角のパン屋はドイツの雑穀パンが得意頑なにユーロを拒むと聞きぬ


  東京 實藤 恒子

芭蕉の旅を心に仙台堀川に沿ひゆく岸の桜咲く日を

遊歩道に青き小屋あまた春の日に人は毛布乾し小屋を繕ふ

先人の歌

  斎藤 茂吉

大馬の耳を赤布にて包みなどして麦酒(ビイル)の樽を高々はこぶ

バウ゛アリアは山高けれや雷(らい)のあめ業房(げふばう)の窓をふるはせ降りぬ

いつしかも時のうつりと街路樹が青きながらに落葉するころ

わが父が老いてみまかりゆきしこと獨逸の國にひたになげかふ

體ぢゆうが空になりしごと楽にして途中靴墨とマツチとを買ふ
(注:関東大震災の通報に)


  土屋 文明

屋根の上に吹くは野分の風ならむ物干の上に吾が息(いこ)ひつつ

きぞの夜の一夜(ひとよ)の下痢に衰へて屋根にすわるはただにしづけし

限られし食物を朝夕にくりかへしあはあはとして馴るるにやあらむ

ただ時にむさぼり食ひて楽しかりき再びなかることぞとも思ふ

久しぶりに腹のへりたる夜半ながら白湯を汲み来て飲みて寝むとす


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