作品紹介

若手会員の作品抜粋

  (平成14年8月号)


 京都 下野 雅史

白銀の地上にたつた二つだけ日を反射する農場の屋根

暖色の灯火に心安らぎていつしか肩を寄せ合ひて寝る


  兵庫 小泉 政也

吾が目には君の刹那の輝きが焼きついて秘かに溜息こぼす

雨の降る神戸の街を通り過ぎ孤独の部屋がすぐ迫りくる


  倉敷 大前 隆宣

自責の念を心に込めて職探し面接を重ねて臆病になる

失業者と言われるたびに胸痛むこの不景気に職を探して


  松本 高杉 翠

空青くアクセル踏めば後続車はバックミラーに見るみる小さし

炊飯器を明朝七時にセットして今日という日にピリオドを打つ


  大阪 大木 恵理子

論文の進み具合を気にせしか教授はけふも覗きてゆきぬ

職場より疲れ帰りて寝転べば仕事の注意がメールにて来ぬ


  鳥取 石賀 太

釈尊の悟られし時を偲びをり樹齢千百年の大シイのした

幾日か雨の降る間に伸び立ちし苗は早くもトマトの匂いす


  千葉 渡邉 理紗

書類が砦のように取り囲む机の隅で作業に励む

積み上げるチラシの山が伸びるごと指に濃さますインクの匂い


  朝霞 松浦 真理子

下へ下へ何かに吸い寄せられながらヒトとして眠るモノとして眠る

押しボタン押すたび車の人達に悪いなと思う横断歩道


  秦野 庭瀬 里枝子

蔓薔薇の花数増えてゐる朝のたのしさ小窓を開きて覗く

吾の持つマイナーの部分への親しみと気づきて言葉全て受け止む


  横浜 大窪 和子

苺ジャム煮終へし厨にいつまでも甘き香りの漂ひてをり

ビア・レストランに今宵も出会ひしその人の寂しき噂伝へ来りぬ


  西宮 北夙川 不可止

高等遊民を気取りてをれど日々に貯金の減りゆく侘し職を探すか

聞き役に徹するのみの吾なるに楽になりたりと友の微笑む


  岡山 三浦 隆光

五メーターの板七十二枚を六時間で塗装し終へて満足しをり

「このごろは役に立つぞ」と親方の言ふ声を聞きつつ墨付けをせり


  大阪 阿木 結美穂

四十五分の考査時間も退屈のサインか生徒の背中の揺らぎ

下校指導に校舎巡れり西空の薄桃色の雲の幾すぢ

選者の歌

  東京 宮地 伸一

輸血して十年ののちに発病せし妻の命を悲しむ今も

これの世に妻が残らばわが子らの生き方もいくらか変りしならむ


  東京 佐々木 忠郎

啄木の愛せし大森浜は残れども町貧しくて砂山を売りき

をとめなりし妻と思ひ出の砂山の砂の行方を思ふことあり


  三鷹 三宅 奈緒子

具象画が抽象画となりてゆく経緯まざまざと見るカンディンスキー展

世に鋭く心ひらきてロシア革命の予感となれりその作「暗鬱」


  東京 吉村 睦人

この大き家をつくりて篭りたる君のこころを思えばかなし

友もなくこの山峡に住みつきてそのさびしさを歌に残せり


  奈良 小谷 稔

右ひだり枝差し交す峡の門をくぐり来て親し鏡王女の墓

ただ四首残るといへど清らなるつつましきその嘆きは永久(とは)に


  東京 石井 登喜夫

右胸部薄き石仏一体にわれの思ひをこめてをろがむ

みほとけの唇(くち)にほのかに残る朱(しゅ)に母恋ふる友の呟きを聞く


  東京 雁部 貞夫

鹿島槍の赤岩尾根に落命せり六十六歳山案内(ガイド)の君は堀田弘司氏逝く

K2にナンガに今日は鹿島槍山行く者の命はかなし


  福岡 添田 博彬

アメリカを益する者のみに就労ビザ下りると青年は資料を蒐む

指先ほど太く紅透き垂るる茱萸は幼かりし日のかなしみ誘ふ


  さいたま 倉林 美千子

水を運ぶ水夫(かこ)らの声もこもるかと吹く浜風の中に佇む

賑はひはひとときにして遣唐船出でたる島は寂しかりけむ


  東京 實藤 恒子

この部屋より庭を臨みて詠みましし一日一詠の歌も思ひ出づ

水はみどりにニセアカシアの花咲きて天竜峡の吊橋に立つ

先人の歌

  斎藤 茂吉 『赤光』より

はるばると薬を持ちて来しわれを目守(まも)りたまへりわれは子なれば

母が目をしまし離(か)れ来て目守(まも)りたりあな悲しもよ蚕のねむり

我が母よ死にたまひゆく我が母よ我を生まし乳足(ちた)らひし母よ

灰のなかに母をひろへり朝日子(あさひこ)ののぼるがなかに母をひろへり

蕗の葉に丁寧にあつめし骨くづもみな骨瓶に入れしまひけり


  土屋 文明 『往還集』

親しからぬ父と子にして過ぎて来ぬ白き胸毛を今日は手ふれぬ

遠々(とほどほ)と来て診たまへる君がまへにくどくどと病を云う父を聞く

病む父がさしのべし手はよごれたり鍍金指輪吾が目にはつく

わが父の病を診むと来たまへる君を浅草のみ寺にまうづ

新しき橋渡りつつ大川に游(およ)ぎて生きし友のことを言う


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