作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成14年9月号)

 スイス 森 良子

子を宿す日を待ち過ぎし十年目インターネットに子犬を買いぬ

吾が膝に乗り来し狆に子守唄を歌いて居ればかなしみきざす


  松本 高杉 翠

ススキノも休業する店相次ぐと夜の静けさをテレビは伝ふ

英国の勝利で終はれば暴動も杞憂となりぬ故郷サッポロ


  大阪 大木 恵理子

ごみ拾ひも仕事の一端自らに言ひ聞かせつつ床と向きあふ

一人にて勤務に入りしこの校舎寂しけれども心安けし


  東京 臼井 慶宣

朝顔の双葉はすでに緑濃く漲る活力を我に誇示せり

冷房に浸かりしビルより出でくれば夏の夜の匂ひは満ちてをりたる


  東京 小林 美和

地面から人を見上げてタンポポは太陽のように光を放つ

ふるさとの祖父の描く水墨画彩はあらねど柔らかさあり


  東京 衡田 佐知子

紺色のリクルートスーツを身にまとい脇目もふらず電車に乗り込む

試験終了の合図とともに脱力感がわれの身体をめぐりめぐりぬ


  埼玉 松川 秀人

何度も何度もテレビの流すリプレーを見ながらなおも絶叫している

研究で疲れ切った心にもメールの便りで力また湧く


  さいたま 二瀧 方道

サッカーに心うばわれ学会の準備の資料なかなかそろわず

藤の花雨に濡れ咲くみ墓辺に亡き祖父を偲びわが水そそぐ


  千葉 渡邊 理紗

誕生日のケーキの蝋燭を消すように綿毛を吹きて恋を占う

破綻ないつくり笑顔の対策を入念に練る合否前日


  鳥取 石賀  太

ぶな林のトンネルゆけり新緑のやはらかき光降り注ぐなか

湖面に気をとられゐし間にて進路を変へゐしこの遊覧船


  京都 下野 雅史

城砦の入口の傍に鮮やかなるマロニエの木が吾等を迎ふ

メルヘンの国に来しかと思ふまで城砦都市の蒼き空映ゆ


  尼崎 小泉 政也

自己PR二〇秒で言えるほど僕の内面は薄くないです

ロッキード事件で騒がれたトライスター空のどこかで飛んでいるのか


  倉敷 大前 隆宣

草むしりする事もなく立ちつくす心をなくした草になりたい

机を叩き声を出すのがハローワークの職員の失業者を扱う癖か


  ニュヨーク 倉田 未歩


今すでにWhenの問題という次のテロやはりこの街で起こるのだろうか
又テロの狙いになると言われても住み続けたいこの人種の坩堝


  岡崎 高村 淑子


くちなしの花の香嗅げば思いだすあなたが私の父に告げた日
部屋にある母の描いた油絵は三歳の私今も変わらぬ


選者の歌

  東京 宮地 伸一

機嫌悪き機械なるかな指痛くなるまで押せど切符を落とさず

署名しつつふと思ふなりこれの世に生きて書きしは何万回か


  東京 佐々木 忠郎

勝ちしロナウド敗れしカーンいづれも良し就中「なかにつき」カーンの崩ほれしさま

花火のごと吹雪のごとく舞ふ折り鶴二七〇万羽と聞きて声のむ


  三鷹 三宅 奈緒子

幾度となくベンチに掛けてやうやくに薔薇園をめぐるわが衰へし

すでに文字に心向けずと伝ふればたのめなし病む友もわれらが末も


  東京 吉村 睦人

気負ひ立ち行ける荒雄はこの海に沈みて妻子らにもどることなし(三井楽)

たはやすく津麿の言を聞きたりし荒雄を思ふわれに似たれば


  奈良 小谷 稔

この吉野の小さき社も隠棲せし大海人皇子とのゆかりを伝ふ

吉野川の鮎を鳥より守るらし案山子は光る川瀬に立てり


  東京 石井 登喜夫

仔牛らは人いぶかしみ出でてきて引返しゆく首ふりながら

耳標つけぬ幼きものは母牛の傍に寄り添ひて人間を見ず


  東京 雁部 貞夫

思ひ切つてイヴォンヌ夫人のこと問へば「別れし妻も憎からぬもの」と

ニヒリストの父とアナーキストの母持ちて自由に生きし六十二年


  福岡 添田 博彬

思ひ上がりれる心にあらず人の死に立ち会ふは最早耐へ得ずなりしか

この銀行は人を減らしゐて二月より産業医の吾を必要とせず


  さいたま 倉林 美千子

益なきことに夜を更かすよと母は言ひ篭りて暗き吾を嘆きし

思ふままに振舞ふ明るき母に育ち心抑ふる事には慣れつ


  東京 實藤 恒子

咲き盛るレンゲツツジに寄りゆきて思ふは万葉の夫恋ふる歌

ゲレンデに咲くあづま菊漱石に子規が描きて贈りしものぞ

先人の歌

  斎藤 茂吉 「あらたま」より

ものの行「ゆき」とどまらめやも山峡の杉のたいぼくの寒さのひびき

いのちをはりて眼をとぢし祖母の足にかすかなる皸「ひび」のさびしさ

きさらぎのちまたの泥に佇立「たたず」める馬の両眼はまたたきにけり

電燈を消せば直「ただ」くらし蝿ひとつひたぶる飛べる音を聞きける

ひたぶるに暗黒を飛ぶ蝿ひとつ障子にあたる音ぞきこゆる


  土屋 文明 「往還集」より

父死ぬる家にはらから集りておそ午時「ひるどき」に塩鮭を焼く

家うちに物なげうちていら立ちつ父を思ひ遺伝といふことを思ふ

へりてゆく金魚の鉢に今宵また買ひ来りたるひとつを放つ

先生がはげましたまひし学問もおよそに捨てて歌もてあそぶ

鋲を打つ器械の音は電車にて川を渡りしここに木魂「こだま」す


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