作品紹介

若手会員の作品抜粋


  京都 下野 雅史

埋もれゐし遺跡の巨大に驚きて幾千年かの時を畏怖せり


  兵庫 小泉 政也

母親と屈託のないおしゃべりに何か距離感が縮まって来た


  倉敷 大前 隆宣

よしず立てて風を入れようと努めても瀬戸内のはげしい夕凪に会う


  岡崎 高村 淑子

父母の家にわが記念樹の辛夷の木季節はずれに次々と咲く


  大阪 浦部 亮一

揺れ動く電車の中の蝉の声機械のノイズか空耳なのか


 ニューヨーク 倉田 未歩

習いたての日本語を次々口に出す夫の声聞く夜の食卓に


  スイス 森 良子

この霞の向うに変らずアルプスが存在するとは思えず今日は


  大阪 大木 恵理子

受験科目の説明聞きつつ男子学生大きな体をゆすりてやまず


  宇都宮 秋山 真也

彼地にて雨を降らせた雲とともに山越え君の便りを運ぶ


  東京 臼井 慶宣

沖合の闇より湧き出でて寄する波海は生きてゐる音をあげたる


  東京 坂本 智美

もし仮にテロが起きたら我と死ぬ仲間と思いて飛行機乗り込む


  埼玉 松川 秀人

この窓の高さに見ゆる花火なりパッと開いてパッと消えゆく


  千葉 伊藤 弘子

延々と文字のみ続く校正刷りに今日はここまでと付箋紙を貼る


  千葉 渡邊 理紗

数学は赤点でしたそのせいか苦手なんです恋の駆け引き


  鳥取 石賀 太

心地よき風感じつつ眼を瞑るダルシャンホールの壁にもたれて

選者の歌


  東京 宮地 伸一

親父さんと呼びゐし息子が退院して帰りしのちは父さんと言ふ

求むるにいつもてこずるこの機械けふは素直に切符を落とす


  東京 佐々木 忠郎

幼き日木の上に食べしを思い出づ紅き実つきしオンコ届きぬ

寂しきこと次々ありて憂さ晴れずこの月の八首なべてちぐはぐ


  三鷹 三宅 奈緒子

過ぎ去(ゆ)き早しと来りて夫の嘆きしがその山渓に今日は宿れる

若き文明と並べる青年期の写真ふるさとの室に亡き夫のコーナーがあり


  東京 吉村 睦人

悲しみにうちかつ術をわが知れり今日もひたすら仕事に向かふ

生きて来し七十二年は何ならむ月の下びを行きつつ思ふ


  奈良 小谷 稔

吾よりも老いたる人を見ぬこともすがしかりけり伊吹嶺に立つ

五年経て五年の澱(おり)の溜まるとも高く目指さむ一つ灯のもと


  東京 石井 登喜夫

年々の会に年々の病持ちわれを鞭打つこともはかなし

広き窓に春ともまがふ若緑かがやくものを出でても行かず


  東京 雁部 貞夫

温暖化はカラコルムの氷河地帯へ及べるかメールは伝ふ友らの遺体出でしと(バルトロ氷河)

K2に近くこごしきかの氷河永遠(とは)の臥し所と思ひゐたるに


  福岡 添田 博彬

定山渓へは此処より分れむと雲の上の尖れる山々を振り返り見る

諦むる心にならず湖(うみ)に出でて巡る間に恵庭岳真面(まとも)に見え来


  さいたま 倉林 美千子

昨夜いくつ蝉は生れしや列成して殻並びたり庭の辛夷に

三十五年の龍之介百年の土屋文明涙ぐましも人の一生(ひとよ)は


  東京 實藤 恒子

開眼の翌年に来し鑑真は廃ひし眼(まなこ)にいかに観じけむ

光明子のかの強き文字も思ほえてもとほる陵に夕闇迫る

先人の歌


  斎藤 茂吉 「あらたま」より

三宅坂をわれはくだれり嘶(いなな)かぬ裸馬もひとつ寂しくくだる

薬鑵よりたぎる湯をつぎいくたびも我は飲み居り咽かわくゆゑに

ひよろ高き外人ひとり時のまに我を追ひ越す口笛ふきつつ

きさらぎの三月(やよい)にむかふ空きよし銀座つむじに塵たちのぼる

よるおそく家にかへりてひた寒し何か食ひたくおもひてねむる


  土屋 文明 「往還集」より

うちつづく尾花のたけの高ければ花粉(はなこ)はかかる頭の上より

幼き日天に霧らへる雪と見し清水の嶺呂(ねろ)を今日ぞ越えける

越後より干しだらを背負ひ越え来にし人はゆくなり尾花が原を

泥鰌うりて帰る翁も声かけぬ上毛(かみつけ)越後の国ざかひの山

空桶を負へる翁を見かへれば吹かかる如し草山くだりに


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