作品紹介

若手会員の作品抜粋


  宇都宮 秋山 真也

君の名がずらりと並ぶ思いの跡発信歴と着信歴と


  京都 池田 智子

待ちわびてようやくあけた厄あけたはじけてやるぞ今年は本気


  鳥取 石賀 太

公園に復元されし古代住居の傍で野球して遊ぶ子供ら


  千葉 伊藤 弘子

新刊のパンフ片手に各ビルの廻転扉(ドア)に吸い込まれゆく


  東京 臼井 慶宜

携帯を長く震はせて受信せり友の事故を告ぐる文字の隊列


  浦和 梅山 里香

吾の街と父母の町を海隔つ私はたぶん親不幸なり


  大阪 浦辺 亮一

僕の頬を濡らして落ちる雨の粒はるかなる君をも濡らすだろうか


  倉敷 大前 隆宜

人の所為ではない現実は何かという質問を受け答えられない


  京都 下野 雅史

香料を幾つも混ぜてゆくときに危ふき香り出できぬ


 ニューヨーク 倉田 未歩

崩れゆくタワーが画面に映し出され夫は無言でチャンネル替える


  兵庫 小泉 政也

歩廊にはリヤカー押す人の日常があり車内には僕の非日常がある


  松本 高杉 翠

県政を変へる微かな力なれ締切近き投票に行く


  岡崎 高村 淑子

彼の苦手なチーズがあなたには好きなこと時々間違えてしまいそう


  さいたま ニ瀧 方道

友よりの誕生日のメール暑さのこる九月の朝メロディーひびく


  埼玉 松川 秀人

語りたきことはたくさんあるけれどしまっておこう心の奥に


  朝霞 松浦 真理子

一時の愛すら嘘だと知った時初めて彼等を憎むのだろう


  スイス 森 良子

帰り来しホテルにひとり荷を解けば錦小路のイチジク香る


  千葉 渡邊 理沙

サボテンがピサの斜塔となるほどに油断できない残暑の日差し

選者の歌


  東京 宮地 伸一

小惑星と地球の衝突もなくなると小さき記事読み今朝は安らぐ

月立つと遠き代の人言ひしことも肯なひ仰ぐとがり立つ月


  東京 佐々木 忠郎

大森浜の白き汀線見下ろして互みに若き日を語るなし

わが手ひく妻の背ややに丸くなりしか沁みてぞ思ふ過ぎし歳月


  三鷹 三宅 奈緒子

遠き日に夫に付添ひし救急車うつつにいまわが運ばれてゆく

もくろみのあまた潰えてただに臥す晩夏の安曇野ゆかむ願ひも


  東京 吉村 睦人

強酸性の水引き込みて木の尻鱒を絶滅せしめしは伝説ならず

ひとときは魚の絶えたるこの湖にウグイの稚魚の群なし泳ぐ


  奈良 小谷 稔

墓の盗掘いにしへより代々世襲してその子孫いまも集落をなす

アスワンのダムに立ちのきし部族とぞわが舟を漕ぎ舟歌唱ふ


  東京 石井 登喜夫

つるむらさきの細かき花に手触れつつ庭に立つまで妻の癒えきぬ

かにかくに蛍袋も立ち直り二日つづきし雨をよろこぶ


  東京 雁部 貞夫

降る如き星の夜なりきこのをとめを妻とせむと思ひき飯豊の山に

思ひ切つて購ひし机は英国のオーク材今こそ書かめ「深田久弥の山の生涯」


  福岡 添田 博彬

三十四年わが働きしクリニックは閉ぢて十月(とつき)経ち未だ空きをり

坂の上に乱るる雲は燃ゆる如し角を回れば黄に輝けり


  さいたま 倉林 美千子

父も母も居らねば見せむ誰もなし夫の研究業績目録

夫の仕事の邪魔をせず二人共に病まず四十六年はたちまち過ぎき


  東京 實藤 恒子

青春を互(かたみ)に励みし友を思ふ北広島に停車をすれば

クロールに平泳ぎにわが魚となるホテルのプールを独り占めして


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

テロリストをかくまふ国に核攻撃の先制もといふ危ふき世論

否応なく防御の名目もってして軍備強化となりゆく気配


  小山 星野 清

ローン組みて働きて卒へし大学を語るさへ明るしこの処女子は

オイシイを繰りかへし蕪の漬物をカナダの処女が音立てて食ふ

先人の歌


  正岡 子規  「竹乃里歌」明治33年より

眞砂ナス數ナキ星の其中ニ吾ニ向ヒテ光ル星アリ

タラチネノ母ガナリタル母星ノ子ヲ思フ光吾ヲ照セリ

玉水ノ雫絶エタル檐ノ端ニ星カヽヤキテ長雨ハレヌ

久方ノ雲ノ柱ニツル絲ノ結ビ目解ケテ星落チ來ル

空ハカル臺ノ上ニ登リ立ツ我ヲメクリテ星カヽヤケリ

天地ニ月人男照リ透リ星ノ少女ノカクレテ見エズ

久方ノ星ノ光ノ_キ夜ニソコトモ知ラズ鷺鳴キワタル

草ツヽミ病ノ床ニ寐カヘレバガラス戸ノ外ニ星一ツ見ユ

久方ノ空ヲハナレテ光リツヽ飛ビ行ク星ノユクヘ知ラスモ

ヌバ玉ノ牛飼星ト白ユフノ機織姫トケフコヒワタル


  長塚 節   「長塚節歌集」大正3,4年より

白埴(しらはに)の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり

馬追虫(うまおひ)の髭のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想ひ見るべし

生きも死にも天のまにまに平らけく思ひたりしは常の時なりき

春雨にぬれてとどけば見すまじき手紙の糊もはげて居にけり

すべもなく髪をさすればさらさらと響きて耳は冴えにけるかも

やはらかきくくり枕の蕎麦殻(そばがら)も耳にはきしむ身じろぐたびに

ひたすらに病癒えなとおもへども悲しきときは飯減りにけり

垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども

厨なるながしのもとに二つ居て蛙鳴く夜を蚊帳釣りにけり

白銀の鍼打つごとききりぎりす幾夜をへなば涼しかるらむ


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