作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年4月号)

  東京 臼井 慶宣

天井の消えたる灯りを眺めゐる魚眼レンズの中心に我


  千葉 渡辺 理紗

尻餅をついてばかりの跳び箱が脳裏をよぎり越えられぬ壁


  鳥取 石賀 太

文化財のスライド写真次々と障子に映す部屋暗くして


  尼崎 小泉 政也

僕の体を車に例えてみるならばガス欠で疾走している姿


 ニューヨーク 倉田 未歩

徴兵の議論出できて戦争が初めて切実なものとなりきぬ


  倉敷 大前 隆宣

新年の光まぶしと立ちおれど心冷たく人を避けいる


  東京 長崎 壮

道問へばいつしか吾の周りには優しき人らが人垣なせる


  愛知 高村 淑子

八年ぶりに家族と迎える新年の穏やかにして何もせずおり


  スイス 森 良子

戦争に反対する人らの署名の中にアメリカ人を多く見つけぬ


  京都 池田 智子

カチカチと一秒きざむ音のなき部屋はいつしか宇宙空間


選者の歌


  東京 宮地 伸一

何ゆゑに命絶ちしか生徒なりし日の姿のみ目に立つものを

教室に手を上げし時の表情のふとよみがへる半世紀を経て


  東京 佐々木 忠郎

寝ながらに雪ふれる予感的中す少年の頃の勘確かなり

雪ふる町走る馬橇の鈴の音が蘇りきて心潤す


  三鷹 三宅 奈緒子

しらじらと噴水たつを見て過ぎぬ人かげのなき冬の薔薇園

日に幾度か居間に立ち見つ雪しるき遠山並みとそのうへの雲


  東京 吉村 睦人

五年間力尽くししところなりただのマンションに今はもどりぬ

廃人のごとくになりてひとときを神田の町をさまよひてゆきぬ


  奈良 小谷 稔

希ひゐしもくろみも漸くしぼみゆき血のさらさらと流るるを欲る

美食には縁なき一生か若き日は貧しく老いては肉をつつしむ


  東京 石井 登喜夫

倒木の苔の中より生ひ出でて杉の子も椎の子もすくやかに立つ

草づたひ流れ落ちくる水あれば山に麓に飲みてくらべぬ


  東京 雁部 貞夫

翼傾け雲の切れ間を降るとき海輝きぬ一瞬なれど

街の空高きに立山迫りゐて思はず唱ふ六根清浄


  福岡 添田 博彬

学び卒へ五十年経る間に同級生作れる寮歌のメロディー変りぬ

友逝きて採譜せる寮歌の悲壮感異なるは人か時代の違ひや


  さいたま 倉林 美千子

ある日故なく拉致されて海を渡りゆく心思ひて眩暈を覚ゆ

島人の最後の一人の果つる日も砂糖黍畑に風は吹きしか


  東京 實藤 恒子

五年経たる新アララギの看板を振り返りふりかへり離り来にけり

五年(いつとせ)を通ひし思ひ神田川を渡りて坂をわがのぼりゆく


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

わが脳内さぐるあやしき音響くカプセルの中のまな蓋を閉ず

原因不明あとは心の持ち様と医師に諭され解放されぬ


  小山 星野 清

乱雑に自転車が歩道を占拠せるオックスフォードはまさに学生街

ふらふらと街に出で豊かさをしみて思ふみどり濃き森にひろき芝生に

先人の歌


  土屋文明の春の歌

雪消えしばかりの土のべとべとに手につく親し浅葱(あさつき)を掘る
浅葱の群がる萌えに手を触れて春ぞ来にける春ぞかへれる
にんじんは明日蒔けばよし帰らむよ東一華(あづまいちげ)の花も閉ざしぬ
折りて来て一夜おきたる房桜うづたかきまで花粉こぼしぬ
二声に鳴く筒鳥は谷こえて今日のよき日に吾を呼ばふなり
(疎開先の群馬県吾妻郡の峡村川戸で昭和二十一年、終戦後初めて春を迎えた時の歌)


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