作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年8月号)  < * 新仮名遣>

  宇都宮 秋山 真也 *

晴天に君のシューズの赤線を見つめつつ半月峠を登る


  東 京 藤丸 すがた *

大丈夫だほら僕は今日も笑ってる孤独が僕を弱くはしない


  川 越  小泉 政也 *

君はなぜこの僕を好きになったのか言葉も通じない貧しい僕を


  愛 知 高村 淑子 *

幻になった結婚式の今日この日あの人も空を見ているだろう


  京 都 下野 雅史

文武廟は林立するビルに囲まれて忘れ去られしオアシスに見ゆ


  大 阪 浦辺 享一 *

妹の誕生日のための縫いぐるみ抱えて女の子で混むレジに並ぶ


  倉 敷 大前 隆宣 *

曇天の雲が頭を押すような天気に負けない仕事持ちたし


  周 南 磯野 敏恵 *

爆弾が破裂して出来しくぼみよりすこし離れて咲く花が見ゆ


  北海道 小野 笑子 *

猛々しきコロナウイルスこのサーズ日一日とふえる患者よ


  浦 和 梅山 里香

顎しやくり女友達の先歩く幹也の背中やや逞しく


  京 都 池田 智子 *

「がんばれ」と応援された心地して一本早い電車に走る


  大 阪 大木 恵理子

初めて持つわれの名刺をつくづく見て一枚財布に大事に仕舞ふ


  東 京 臼井 慶宣
霧雨の上がりし後の国道の霞みて消ゆる如かる孤独


  埼 玉 松川 秀人 *

歓声と轟音響かせ駆け抜けるサンダードルフィン迫力のあり


  朝 霞 松浦 真理子 *

もしかしたら君との話題を作るために私は旅をしたのかもしれない


  千 葉 渡邉 理紗 *

抱きしめてくれるな今は心音が二人の過去を壊してしまう



(以下 HPアシスタント)

  横 浜 大窪 和子

バスの車体の受注減りしと北陸へ移転し行きぬ向ひの工場は


  ビデン 尾部 論

吾が庭にまたペパーメントは芽吹きたり苗くれし役員は辞しゆきたれど


  島 田 八木 康子

年毎に短くなれるメーデーの行進過ぎて静かなる街


  福 井 青木 道枝

問診票書きとりつつ目を上げしとき涙あふるる眼差しにあふ


選者の歌


  東京 宮地 伸一

買ひやりし昆虫図鑑をひろげ見るエレベーターに昇り行く間も

片仮名にはみな平仮名のルビがあり今更に知る時の移りを


  東京 佐々木 忠郎

透きとほる緑うつくしき蟷螂の子も蟷螂ぞ斧を振るなり

歩けるうちに旅せよと妻に言ひしこと十日の旅と聞きてうろたふ


  三鷹 三宅 奈緒子

来たり仰ぐベニバナトチノキ花むらを吹く風あればその風に佇つ

えごの令法の白花今か咲きてゐむ五月の安曇野をわが恋ひやまず


  東京 吉村 睦人

いく人の人を殺して来たりしか塗装汚れてもどり来し空母

島に島重なり合ひてその先になほもあるべき島をわが恋ふ


  奈良 小谷 稔

ふるさとの荒れざる頃の水張田の写真に残る五月のひかり

忍冬かの日のごとく咲きゐるやふるさとの五輪塔にからみて


  東京 石井 登喜夫

当直医の手には負へずと断られ夜ふけて救急ベッドを探す

駆けめぐる枯野の夢は如何なりしわれは人人人ばかり見る


  東京 雁部 貞夫

長き思ひ果さむとして額づきぬポケットに文庫本『相澤正歌集』あり

不可思議な縁と言はめ中学のはるか後輩われが君の解説書けり


  福岡 添田 博彬

夜半となり誕生日過ぎしを気づける吾香を焚く父母とありし日恋ひて

白い帽子に白い服白いカメラの警官ら民主主義とはかかるを言ふか


  さいたま 倉林 美千子

帰り来し庭に咲き盛る立浪草蝶眠る見ゆ月の夜にして

父を看取りて帰りし夜にも咲きてゐき立浪草の花群に立つ


  東京 實藤 恒子

踏査して逸早く歌を示しゐしその心意気をわれは褒めたり

月々に親しき友らと歩きゐるとわれに告げたり歌作るため


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

おのおのの恙をしのぎ又会はむふるさとに歌を詠める友らよ

鬼の足形といはるる石を辻に置きふるさとの村今も変らず


  小山 星野 清

高射砲の硝煙うかぶ東京の空バグダッドをテレビに見れば思ほゆ

夜のラジオの米軍による誤射誤爆確かめむにもテレビは報ぜず

先人の歌


  五味 保義


たじろがず向ふ高台の一ところ重なりてなほわが本は燃ゆ

こもり寝る壕をとよもす夜嵐の地(つち)すりてゆく音ぞきこゆる

さへぎりもなき東京を吹く嵐夜(よる)なれば暗く潮の香を吹く

今日の日もわれひもじくて居るときに幼ら思ふ遠き吾子ら

今日の記事もまた一国にぬすびとの充ちあふれたるさまに記せり

            (『此岸集』昭和二十年「夜嵐」「滅びたる国」)


 先頃のイラク戦争は、昭和を生きた多くの日本人に東京空襲を思いださせた。五味保義は私の恩師でもあり、経路は異なるがずっと若い大窪さんの師でもある。空襲直後終戦となったが、これがその時の東京である。
 バグダッド襲撃の空のように赤々と染まった東京の空。家族を疎開させ、先生は一人戦火に包まれた我家を見ている。場所は田端。この焼け跡の中で、「アララギ」再刊に命がけの努力をした人だった。衣食住、紙も物資も何も無い中でである。アララギ最初の再刊号は8ページであったと聞いている。   (倉林記)


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