作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年9月号)  < * 新仮名遣>

  仙 台 矢吹 美香子 *

親も夫も在る幸せを享受してそのため辛き選択もある


  京 都 池田 智子 *

はじめての学会はじめての発表はじめて使うパワーポイント


  北海道  小倉 笑子 *

ありがとうと言われることの多けれどそを言うべきは我の方なり


  東 京 臼井 慶宜

この夜の端を寝台車は進みゆく安堵とも言ふべきわれの孤独


  千 葉 渡邊 理紗 *

ランドセルを子供の下ろす音のして軒の簾はかたんと揺れぬ


  宇都宮 秋山 真也 *

左手の腕の時計を眺めおりたしかな針に一秒を知る


  東 京 藤丸 すがた *

「死にたい」と誰にも聞こえないように言うくらいなら許されるだろ


  川 越 小泉 政也 *

友達はみんな社会の人となり僕との会話にずれが増えゆく


  愛 知 高村 淑子 *

獲得したブーケが幸せ運ぶならドライフラワーにして残そうか


  京 都 下野 雅史

風水に芸術性のありしこと香港島のビル群に知る


  大 阪 浦辺 亮一 *

信仰は救いではなく戦いだ高校の教室では落書きしてた


  倉 敷 大前 隆宣 *

朝見える紺碧の海に励まされ生きてゆくぞと思う職なき吾も


  周 南 磯野 敏恵 *
割り切れぬ思いを今日も持ちつづけ心から笑うことなく過ぎぬ



(以下 HPアシスタント)

  島 田 八木 康子

歯医者もできる漁師と胸を張る長く小笠原に住みゐる友は


  横 浜 大窪 和子

わがものとなりし机に置きてあり娘の使ひたる定規小鋏


  福 井 青木 道枝

子を産みし六月となりリラの花にほへる頃かコロラドの家


選者の歌


  東京 宮地 伸一

六万年に一度近づく火星といふ今宵しるけし梅雨の晴れ間に

綾瀬川今年は汚染度一位ならずやや安らぎて岸辺を歩む


  東京 佐々木 忠郎

利かぬ気の蟷螂の子とあそぶかなやさしくなりて老は机に

生まれながらに怒りやすきか蟷螂の行くへ遮れば斧振り挑む


  三鷹 三宅 奈緒子

雪山が見たしと大糸線の旅ほしいままひとり杖ひきて来て

みづうみの暮るるほとりの朴ひと木白き蕾が高く空指す


  東京 吉村 睦人

福江島のかの溝の中に芽生えゐし赤榕の苗はいかになりしか

「流石の名医も匙を投げたり」と選歌稿の隅に書き付けし土屋先生


  奈良 小谷 稔

二ところに古りし巨木の杉に逢ふあはれ杉にも老醜のあり

えごの花垂れ咲く奥に平城(なら)の代の氷室の跡は窪みを残す


  東京 石井 登喜夫

初めての虚血発作はサザンパインの輸入解約交渉失敗のとき

ユダヤ資本の怖さを思はず己れを知らず只ひとりネゴに行きししくじり


  東京 雁部 貞夫

未だ名を持たざる六千メートルの山いくつ氷河の奥にわれらを待つと

月の夜のこの道どこ迄も歩みたし雲は湧き立つ雪嶺(ヒマール)に似て


  福岡 添田 博彬

街覆ふ煙の上より爆弾を落ししは海に出で旋回す

逃るるわが頭上に何時までも近づき来る爆弾諦めしとき離れゆきたり


  さいたま 倉林 美千子

平面図側面図時かけて見るうちに子のホテル建つは現実のこと

風のなかにホルン聞こえし麦畑馬駆くる人に会ひしかの丘


  東京 實藤 恒子

石川書房の最後の一冊を落手せりわが関はりし落合京太郎歌集

努めたる先生の歌集の終の一冊わが許に来ぬえにしといふもの


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

延命措置拒みて終りし君を送る海風に柳の吹き靡くした

亡き君を送るにさへもかの折の分裂は及び人の来らず


  小山 星野 清

釜井など除名をせよとの荒き声なぜ言ひし会員にあらざる者が(追悼釜井容介)

おだてるのがうまいから俺は書かされるなど言ひて書きき君は思ふまま

先人の歌


  樋口 賢治  『鰊ぐもり』より


啼く鳥のかなしき谷の入りの家ここに父も兄も一生終りぬ

国のはて貝殻島を眼の前にして三たび来れば三たび悲しも

凍る海凍らぬ海にむらがりてこゑ啼く白鳥数限りなし

まのあたり氷は裂けてひとときに飛び立つ白鳥の翼ふれあふ

春待てるとほき思ひにひとり立つ氷の下にみち来るうしほ


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