作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成15年10月号)  < * 新仮名遣>

  北海道 小倉 笑子 *

幻想のおとぎ話と知りつつも夢中になりて夜半のふけゆく


  東 京 臼井 慶宜

子規居士の座りしといふ座布団の慎ましく色褪せて書斎にありぬ


  埼 玉  松川 秀人 *

温泉の利益が形となりており町役場まで御殿となりて


  朝 霞 松浦 真理子 *

なだめればなだめるほどに湧いてくる涙は今も昔も同じ


  千 葉 渡邊 理紗 *

羽枕に顔を埋めた妹は夢を見ながら寝返りを打つ


  大 阪 大木 恵理子

母より来しメールに和ぎて昼休み終はれば仕事にまた戻りゆく


  宇都宮 秋山 真也 *

手足を組み瞑想しつつ背を正す小さな我が昇華するまで


  東 京 藤丸 すがた *

目の前を人々の群れが行き来して長い映画のようだと思う


  川 越 小泉 政也 *

変れない僕を思い切り変えたくて終夜業の派遣社員を選ぶ


  京 都 下野 雅史

紫の翡翠売りゐる老婆ゐて電卓を叩く指軽やかに


  大 阪 浦辺 亮一 *

妹と桃食べながら両親の喧嘩の止むのを二階にて待つ


  倉 敷 大前 隆宣 *

雷をこの身に落ちよと願いおり職なき者のたわごとなりや


  周 南 磯野 敏恵 *

傘を持ちタップ踏みしは昨日にて今日は心がしきりに沈む


  仙 台 矢吹 美香子 *

サーカスの赤きテントが目に入れば我は自然に小走りとなる



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

喉かわきやたらに水飲むこの夜はパソコンも吾のいふことをきかず


  横 浜 大窪 和子

幾たびか馬場に栄光を得し馬らひそやかに食む霧の牧場に


  島 田 八木 康子

我が心のバロメーターか隣家の軒の風鈴ときに物憂く


  福 井 青木 道枝

さらにふかく道ありと知りねむの赤き花を拾ひて森を出づ


  東広島 米安 幸子

み歌ありてわれに親しき榛名山青き麓にこの夏は行かむ


  ビデン 尾部 論

早旦のアルプス中空を熱気球の火二つ呼応して昇りゆく


選者の歌


  東京 宮地 伸一

手摺に頼ることもなくして三階まで一気にあがる力まだあり

快き疲れと言はむこの年の歌会も終る時近づきぬ


  東京 佐々木 忠郎

朝に来て夕べまた来る黒揚羽庭の蜜柑の茂る一木に

消えてゆくさだめの花と知りし朝咲ける浜ぼうを写真に撮りぬ


  三鷹 三宅 奈緒子

濃き藍の紫陽花のなかま白なる一群落のありてしづけさ

晴るる海面にあふなく二日の旅終へてまた帰りゆく錯雑の日々


  東京 吉村 睦人

残るもの何もなけれどまたも来ぬ旧葛西橋ありしこの岸

死を予感しまして詠みし歌にして今夜のわれの心に通ふ


  奈良 小谷 稔

歯を見せる笑顔のポスター殖えしより政治家も政治の質も落ちたり

閉店の売り尽しセールにいつまでも残れる花の土を購ふ


  東京 石井 登喜夫

湯を出でて又湯に入りて脈拍をたしかめながら夜の明けを待つ

わがいのち真幸くあらばかへり来む「信濃の国」の歌を聞くため


  東京 雁部 貞夫

酒蔵のコンサート果てし明けの街さまよひ行くかかのギタリスト

薩摩軍砲をすゑたる跡に来てああ近々と御城見下ろす


  福岡 添田 博彬

閉院して運び来し机に向かふ時心休まるをこの頃知りぬ

取出されし細胞の歳を引き継ぎてクローン生物は早死(はやじに)するらし


  さいたま 倉林 美千子

そを恋ひし母の指輪をつけて聞くコンチキチンと近づく鉦を

祇園会(ぎをんゑ)の宵山を見し鉾追ひし心のままに取り残されぬ


  東京 實藤 恒子

ゆくりなくわれは気付きぬ前をゆく白き項は君の後ろ手

天文の講座の日にて図らずも道に会ひしよろこびに相並びゆく


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

夜中まで仕事を続けその後を酒に紛らすといふ子危ぶむ

結局は己が子すらを救へずとひそかに思ひ眼を閉ぢぬ


  小山 星野 清

谿水の上なる空の明るめばしばしかがやく木々のみどりは

水の流れ跨ぐ倒れ木を見るごとに若ければ越えむわれを思へり

先人の歌


  土屋 文明     正倉院展観に寄せて


西の方遠き世界につながりて今見る青く美しくくぐもる光

魚とも言へ毛物とも言へ吾が前に青き光に包まれ生きたるその物

黄河思へば水上(みなかみ)にしてうづまける雲の下ゆく西方(さいほう)の道

背に恋ふる雪の朝(あした)の皇后よ強くも見ゆ豊かにも見ゆ藤三娘の自署

身分違ふ藤家(とうけ)の美人(をとめ)得させむに民を納得さする御言(みこと)のりあり


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