作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年4月号)  < * 新仮名遣>

  東 京 臼井 慶宜

歯車が秘かに逆に噛み始めてゐるのではないかこの漠たる不安


  埼 玉 松川 秀人 *

苦しみの証となりし百余枚修士論文両手に重し


  千 葉 渡辺 理紗 *

鏡溶け反対側へ行くような感覚になる風がなぐとき


  宇都宮 秋山 真也 *

この星の全ての命が逝くのならそれを超えゆく生を産みたい


  川 越 小泉 政也 *

眠る前頭に浮んだアイデアを夢見た後に何故か忘れる


  愛 知 高村 淑子 *

今傍に立つこの人と何度でもこうして初詣できますように


  京 都 下野 雅也

我が家より小さきスバル天文台銀河の果てを如何にして見るや


  大 阪 浦辺 亮一 *

降る雪に道ゆく人は目もくれず灰色のなかに消え失せてゆく


  倉 敷 大前 隆宣 *

亡き父の造りし広縁に只一人残されている夢をよくみる


  周 南 磯野 敏恵 *

思い出に浸れる時を断ち切らむ今宵のミサに神の声聞く


  北海道 小倉 笑子 *

ささいなる恨みつらみをあびたとて我が心根はゆらぐことなし


  藤 枝 小沢 理恵子 *

風吹かず穏やかな日と見上ぐれば雲流れゆく速さが不思議



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

昂然と胸張りて行け凍る街かの横暴を許すべからず


  島 田 八木 康子

「助けて」と幼稚園児に一斉に叫ばせてをり今日のニュースに


  福 井 青木 道枝 *

身振りまじえ言葉交せり君の耳きこえぬことを今はわすれて


  横 浜 大窪 和子

ハイテクの仕掛けに鎧ふ総理新官邸その一隅を見学したり


  東広島 米安 幸子

火の神に諸々祈るどんど祭り孫子も寄りて今年わが田に


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

バグダッドに米兵二名死すといふけふも片隅に数行の記事

赤くひろがる火星の大地の写真見つ今世紀ここに立つ人もあれ


  東 京 佐々木 忠郎

テレビより流るる唱歌に声合はせ「故郷」を唱ひひとり涙す

今年は何故豆撒かぬかと妻聞かず吾も言ふなし日日共にゐて


  三 鷹 三宅 奈緒子

昂揚感また虚脱感こと一つ遂げて新しき年を迎ふる

失恋の傷をきざむに似し一年終刊の年をいまに思へば


  東 京 吉村 睦人

この岸に寄せて気負へる濁り波われの心のごとく愚かに

今もなほ心に持てるものありてひとり見てゐる芥浮く水を


  奈 良 小谷 稔

吉野川ふたたび三たび名を変へて家なき峡に激ちて白し

東吉野の山深きこの村にほろびたる天誅組また日本狼


  東 京 石井 登喜夫

よき年をと願ひしものをたちまちに事件あり吾らを戦慄せしむ

神なしと思ひつつ何に祈りゐるわれか湯呑を膝の上にして


  東 京 雁部 貞夫

体力を温存せむかと馬にのる若くはあらぬ賢き馬に

出湯あり体も髪も清めたり雪山映す豊かなる湯に


  福 岡 添田 博彬

呼ばれ来て目覚むるを待つ部屋明るくインターンなりし日を思はしむ

逝きし父母をしみじみ悲しむ暇無かりき或いは吾の幸せなりしや


  さいたま 倉林 美千子

印刷インク匂ふ階コーヒーの匂ふ階吾にもながき仕事場なりき

日比谷通りの並木の木肌それぞれに片照りて冬日の遠き陽炎


  東 京 實藤 恒子

母の贈りくれたる部屋着暖かく勤しみにつつ年明けむとす

六十年もたぬ平和か戦ひに傾れゆく音を今日は聞きたり


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

石器使ひ人等はここに住みつきき火の山を神と畏れあがめて


  小 山 星野 清

二階級特進させて勲章かかかるニュースの続く世ありき

先人の歌


  土屋文明



萌えいづる畦の青さは寄せてくる潮のごとし吾をめぐりて

南吹きし一日の夕べ白梅のそのはつ花のすがすがとして

日を受けて開ききりたる蕗の花二つならべる二つうつくし

怒りわく夜には来り腰おろす草こそしたし土こそしたし

雪とけし泉の石に遊びいでて拝む蟹をも食はむとぞする


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