作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成16年5月号)  < * 新仮名遣>


  宇都宮 秋山 真也 *

わたくしと僕の間が乖離して我に囁く許しはせぬと


  川 越 小泉 政也 *

何もないブリラムの田舎町に日が暮れる犯罪もなく争いもなく


  東 京 藤丸すがた *

力という力すべてに怯えいて黙り込むだけだ吠え方知らず


  京 都 下野 雅也

流木に坐りて君に夜の闇を照らす星の名を問ひつつ仰ぐ


  大 阪 浦辺 亮一 *

ゴミを捨てて幾らか広くなった部屋掃除機を転がしたまま今夜は眠る


  周 南 磯野 敏恵 *

顔中を紅潮させて演奏を終えて来し子に拍手おくりぬ


  北海道 小倉 笑子 *

看護師となりて四年が過ぎゆけり何が残せて何が学べた


  京 都 池田 智子 *

このまんま右手引いててほしいから永遠に尽きるな千本鳥居


  大 阪 大木恵理子

姪の為に絵本を選りつつわが心やさしくなりてゆくに気付けり


  東 京 坂本 智美 *

貴男からのメールを全て削除して誰かから来る容量空ける


  埼 玉 松川 秀人 *

ゴミ箱を覗けば同じ広告がいくつも重なり捨てられており


  朝 霞 松浦真理子 *

新しい恋は極めて幻想的届かぬ想いを楽しんでいる


  千 葉 渡邉 理沙 *

空蝉のようにぽとりと脱皮をしテーマを持たぬ我を消したい



(以下 HPアシスタント)

  札 幌 内田 弘

花びらを数へつつ拾ひしも遥かにて少女さびたりにほふ如くに


  島 田 八木 康子

身ごもりし母が鶏舎に目を閉ぢてすすりしといふ寒の卵を


  横 浜 大窪 和子

ヘッドランプ点して登る午前四時森林限界をやうやく越えぬ


  東広島 米安 幸子

湯抱に従ひし日も服薬の水を言ひましき寂びれし店に


選者の歌


  東 京 宮地 伸一

親の虐待受けずここまで育てるか登校をする小学生の列

ああ今朝も読むにし堪へず若き父が痣と焼けどに子をば死なしむ


  東 京 佐々木 忠郎

あやからむと買ひたるものを長寿蘭われを残して枯れ果てにけり

よしよしお前の分も生きるぞと枯れし長寿蘭を庭に埋めたり


  三 鷹 三宅 奈緒子

山谷にはばたく大きくろき鳥羽音まざまざと朝の夢覚む

この朝々眩しきまで日にかがやけり居間に見る遠き街の一画


  東 京 吉村 睦人

三十歳最年少なりし土屋校長七十四歳最年長ならむ吉村校長

立合川に旧浜川橋残りをり土屋先生住みしはこのあたりならむ


  奈 良 小谷 稔

累々と重ね影立つ荒き岩はじめて地殻成りし日を見す

鉄色の岩群うづむる谷を越え枯生やさしき牧に出でたり


  東 京 石井 登喜夫

何かメールは入つてをらぬかと妻の問ふ入つてをればすぐに告げむに

いろいろの事ありぬとも雪月花われをめぐらむ命つなげば


  東 京 雁部 貞夫

終戦の日の幼き記憶ただ一つうから集ひし縁のラジオに

国民学校最後の新入生たりしわれ兄の教科書に墨ぬり読みき


  福 岡 添田 博彬

父逝きて産の破れし仕合せに家を出で夜警して星座知りたり

思ひ出で父母を悼むは稀となりあはあはと聞く後の母の死を


  さいたま 倉林 美千子

牧場を抜け丘を下りし家並の中落葉吹き溜り子の家ありぬ

木々芽ぶきチューリップはこぞり萌ゆる庭子ら住まぬ家に日はふり注ぐ


  東 京 實藤 恒子

いつの時も穏しくありて生きいきと土屋先生を語りいましし

人を見抜く鋭さありて朗らなりしこの友と長く交はりて来ぬ


(以下 H.P担当の編集委員)

  四日市 大井 力

臣憶良も子の手を引きて歩みしかこの都府楼の堀のめぐりを
佐用姫が領布をば振りし山頂に今はハングライダーに飛べる処女ら


  小 山 星野 清

怯えつつ生くる己れと思はねどなぜにこの朝も安らがぬ夢
情報のもるるは危険と報道陣遠ざくる国となれるか今に

先人の歌


  斎藤 茂吉



雪たかき山の秀むらの見え居りてすがしき朝の乳のみにけり

うみ囲む高きいはほに子を率つつ羚羊が見ゆ湖のしづかさ

山ふかくこもるみづうみ黒きまで澄みとほりつつみづうみの香よ

鱒の子のあはれなるものか高国のこのみづうみに育たむとする

みづうみに吹く角笛のつぎつぎに移ろふ谺は峡の奥ゆく

            『遍歴』より   ベルヒテスガーデン・ケーニッヒゼー
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