作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成17年9月号) < *印 新仮名遣い>  


  藤 枝 小澤 理恵子

父逝きて子供のやうに泣きたしと思へど涙は静かに落つる


  京 都 池田 智子 *

「ほらこれが時計草だよ」今すぐにあの子に言いたい教えてあげたい


  埼 玉 松川 秀人 *

我慢せよと必死に嗚咽を抑うれど涙はとどまることなく流る


  千 葉 渡邉 理紗 *

沈黙の向こうで水がはねている恋人たちは共にほほえむ


  宇都宮 秋山 真也 *

カッコウのしき鳴く馬頭を想うとき高原の朝の風がなつかし


  川 越 小泉 政也 *

遺骨抱き祖父の温もりを感じいて「あんがとの」と祖父の声が聞こえた


  京 都 下野 雅史

昼食を日本の感覚で注文しアメリカンサイズにまたも驚く


  大 阪 浦辺 亮一

職員室に実習届けを出しに来て相変らず我はおどおどとせり


  西 宮 内海 司葉 *

精巧な木工細工が一つだけ転がるような蜂の屍


  倉 敷 大前 隆宣 *

土深く取り込まれゆく夢なりき冷汗が出て夜半に目ざめぬ




(以下 HPアシスタント)

  福 井 青木 道枝 *

雷雨過ぎひととき街は明るみて水あふれながるる石の階段

わが話聴きくるる若き母らのなかメモとる老いあり列の後ろに


  横 浜 大窪 和子

父母の墓参の手桶に水を汲むサンシュユの黄なる花咲く下に

滞る思ひに覚めてゐる夜半に鳴き出でて何に騒ぐ鴉か


  那須塩原 小田 利文

コンビニの弁当買ひて吾が通ふ青年茂吉が馬車に越えし道

雨に濡るる牡丹の莟の写真添へてメール送りぬ妙雲寺より


  東広島 米安 幸子

たまはりし言葉は今も忘らえずひとりこころに君にも言はず

幼子の熱高ければその母も面の細りて吾を待ちゐつ


  島 田 八木 康子

茶の間からキッチンに行く如くにも母は逝きたり振り向きもせず

帰る家のある幸せを思ひをり今日も事なく日は傾きて



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

若き夫婦共に煙草を吸ひ始め煙のなかなりその幼子は

ただ一度並び坐りき不調法でと酒ことわりし塚本邦雄


  東 京 佐々木 忠郎

怠りて伸び放題の草の中に日本たんぽぽの絮まどかなり

朝覚めて己れ生きゐるうれしさに先づ水を遣る庭の木草に


  三 鷹 三宅 奈緒子

雪残る山谷くだりくだり来て五月明るき越(こし)のくにの海

良寛のかの手毬(てまり)とぞぬひとりの赤き小さき手毬が一つ


  東 京 吉村 睦人

学者ゆゑ実験してみるなど言ひて飲みて自ら命縮めき

わが心の中にともれる灯(ひ)のごとく折々にして面かげのたつ


  奈 良 小谷 稔

降る雨にツバナしぼみて覆ふ丘古墳は大津皇子を葬るか

凝灰岩の棺のあらはに粗製なり罪人の皇子の証しの如く


  東 京 石井 登喜夫

わが生のあきらめの始まりし広島と感傷して歩みゆく杖のおと

心ぐく呉に行きたし父のあと母のあと吾の跡も見たくて


  東 京 雁部 貞夫

五百年の命保てるあららぎに会ひし喜び湯の湧く峡に

あららぎの大樹の下の墓ひとつ政宗に敗れし会津の戦しるして


  福 岡 添田 博彬

高齢者見る間に殖ゆれば賢しらに健康寿命なる言葉出で来ぬ

封切らず置けるアララギ終刊号地震に飛びたるを拾ひあげたり


  さいたま 倉林 美千子

わが存在そのものが徒労と口にしてその後意識なし雑踏のなか

自らを信ぜよと書きましし在りし日の文字をこころに励む幾日か


  東 京 實藤 恒子

潮流板の点りてあれば海峡をゆく船人の安らぎにけむ

馬島に目覚め聴きをり海峡を過ぎゆく船のエンジンの音



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

たどりつきたる八十六階の展望台摩天楼眼下にして実感のなし

思ひゐしより無機質の街は広くしてみどりはわづか川の向うに


  札 幌 内田 弘

ビル街の街路樹ごとにトラックが作業衣着たる男らを下ろす

飛行機の影は雪原を移りつつ巨大となりて滑走路に入る


先人の歌


徳田白楊の歌



 徳田白楊は昭和八年に二十三歳の若さで他界したアララギの夭逝歌人で、大分県竹田中学時代にその才質を土屋文明に認められたが、その秀作は病床詠が中心であった。十代の少年の純粋透明な悲しみの抒情はいまも色褪せない。


あはれあはれわれを死なしむ小夜ふけに放ちし尿のただに紅きに

父と継母といさかひごとのおほかたは長病のわれにかかはりて居る

遠くより来にける友を枕べに坐らせてただ涙こぼれつ

宵々に雁鳴き渡るこのごろのわがむらぎものこころ寂けし

宵々に南に渡る雁の群なほ遠く空を渡りゆくらし
                     

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