作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年1月号) < *印 新仮名遣い>  


  東 京 坂本 智美 *

背凭れのない長椅子も愛らしい私の学び舎教育学部


  東 京 長沢 真奈美 *

「ばかだね」と叱ってくれる友だちを持ってることで救われている


  東 京 斉藤 瞳 *

太陽の匂いがしている君のシャツ顔を埋めて眠りに就(つ)ける


  東 京 劔村 泰子 *

鍵開けて“I’m home!”(アイムホーム)と帰ったらmam(マム)とdad(ダッド)の笑顔に会える


  東 京 南 奈穂美 *

約束の木の下で待つ背中見て抱きついてみるいたずら心


  東 京 森本 麻衣 *

イヤホーンが洪水起こすその曲は運命の戸を打ち破る音


  埼 玉 町田 綾子 *

自転車のゆれにまかせて目をつぶる君の背中があたたかくって


  埼 玉 松川 秀人 *

溢れ出る清水を口に含んでは口の中に転がし味わう


  千 葉 渡邉 理紗 *

夕暮れの冷たい風が執拗に膝小僧を撫でて君の名を呼ぶ


  宇都宮 秋山 真也 *

下の階に犬を愛する声がして僕もその家の子になった気がする


  川 越 小泉 政也 *

新人が毎月必ず入って来て僕へのリストラ刺客に見える


  京 都 下野 雅史

島一つ我が物にせる気分なり浜辺は何処にも人の影なく


  倉 敷 大前 隆宣 *

小学校の修学旅行で買いし技芸天四十年ぶりに見つけて飾る


  京 都 池田 智子 *

肉じゃがを作ろうなんて思い立つ私に少し驚く私




(以下 HPアシスタント)

  福 井 青木 道枝 *

わずかなる小遣いを手に雪のまちに母われのため選りしオルゴール
ことば持たぬ子らのこころを聞く思いこのドアめがけ駆けてくる音


  那須塩原 小田 利文

患者に捲く五桁の数字を記すバンド細き腕に捲き眠りたり子は
交差点に辿り着くまでに幾匹か闇に光れる獣の眼と会ふ


  横 浜 大窪 和子

四十年雇用創出して来しと言ふ夫よわれに少し誇りて
みづからをやうやく肯ふ夫なるか小企業に幾たびの挫折越え来し


  東広島 米安 幸子

無表情なる顔が並ぶとかつて見し「列」の絵今日は泣き顔にみゆ
星空を有刺鉄線越しに描く絵ありつぶやく人のかたへに見つむ


  島 田 八木 康子

繋がつてゐたくて返さざりし本返さぬままに形見となりぬ
一段組六行のみか広島に原爆投下翌朝の記事



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

コウブツハウノツクモノと言ふ幼児うどんかと聞けばチガフ、ウニダヨ
マンガ読むための座席と名を変へよ優先席は若者が占む


  東 京 佐々木 忠郎

あらたまの年いくそたび迎へしか老いて飽くなくその日を待つも
政治(まつりごと)を恣意に司る世となりても身体髪膚愛(を)しみて生きむ


  三 鷹 三宅 奈緒子

企業爆破に子のかかはりて苦しみしこの友のいままどかなる笑み
晩年の父をつくづく語らふは弟のみか稀れに相会ふ


  東 京 吉村 睦人

生徒らは徘徊校長と言ひをるらし暇あれば校内を見回るわれを
何もかも美学にしてしまふこの評論ここで読み止めるのは私の美学


  奈 良 小谷 稔

わがひそかに知れるよろこび畝傍山にあけびの下る獣道あり
茸狩りを共にせむ泊まりに来よと言ふ妻逝きて十日過ぎし弟


  東 京 石井 登喜夫

昭和二十年別れし金君をなつかしむ断絶せる京義線の鉄路はるかに
新兵の闘技訓練を目にとめて又思ふ徴兵のなき日本のことを


  東 京 雁部 貞夫

店頭の沙中に拾ふ宝とも先づは手にとる『洛中書問』
カフェ・ミニヨンにひびくはバッハのバルティータわれは楸邨の『死の塔』を読む       


  奈 良 添田 博彬

戦場には送らざりしが故もなく殺(あや)むる若きを育てたりしか
自らを守る心を教へざりしとニートとは関りありと思へど


  さいたま 倉林 美千子

遠き記憶の加羅仁といふ名を書紀に探す若者の筈止利の工房に居し
金木犀の香のする部屋に読む手紙「おもろ」にも相聞歌一首はありと


  東 京 實藤 恒子

佐賀関(さがのせき)の煙突二つ白波の立つ海峡を隔てて向かふ
灯台脇の海食崖に洞(ほら)二つ銃をかまへし要塞の跡か



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

手際よく寿司を握りてスーパーに売れる女性はみなチャイニーズ
法王の死を伝へ直ちに打ち消しぬヴァチカンよりのニュース乱れて


  札 幌 内田 弘

吊り革の全てが揺れて吾が前を路面電車の通り過ぎたり
水割りを濃くするも吾の自在にて妻居ぬ朝はこころ安らぐ


先人の歌


土屋 文明 『韮菁集』より



此の崖に幾萬の佛こもりつつ窟に龕(がん)に雨は吹きあつ
龕高き羅ゴ羅(らごら)愛撫の像にのこる古りにし朱を立ちかへり見つ
                     ※ゴの漢字表記はめへんに侯
大きなる佛をめぐる小さき佛最も小さきは手に觸れて撫づ
この窟は在りたる王を冩し出でてたけき命はいまも見るごと
北方(ほくはう)の顔長き王を生冩し佛によらぬ佛今に生きて見ゆ
                     

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