作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年4月号) < *印 新仮名遣い>  


  東 京 坂本 智美 *

武蔵野の風より早稲田の匂いこそわれの居場所と今はなってる
助走つけ芽を出す準備が整った桜咲けよ離陸直前


  東 京 奥園 綾子 *

とりあえずスタート切った社会人なったばかりのよちよち歩き
できるなら塗り変えたいと念じてる過去から離れてどこへ行こうか


  埼 玉 松川 秀人 *

味気ない病棟にも歳末の慌ただしさがたちこめている
寝ていても家の様子を気にしてるそんな祖母の姿ほほえまし


  千 葉 渡邊 理紗 *

本当の恋が知りたいうろこ雲の数だけ出会いすれ違う人
車窓には君の住む町蛾となりてあなたの家に飛んでいきたい


  宇都宮 秋山 真也 *

老いという言の葉さえもふさわしくなかりし僧がみまかりましぬ
病みてなお武士に似ていて山に立つ後ろ姿が悲しかりき


  川 越 小泉 政也 *

降り立った金浦には独特の臭いがし韓国に来た実感が涌く
板門店に立って北遠く眺めつつ拉致被害者のため神に祈りぬ


  京 都 下野 雅史

米中折衷様式のホテルにて中国系のシンガポールと改めて知る
清潔な町並みに突如現れしネズミになぜか安心をせり


  倉 敷 大前 隆宣 *

呼び込みの売り声につい誘われて石焼き芋を老母と食べる
プラタナスの落葉を太陽にかざしつつ隅々まで葉脈の流れを探る


  京 都 池田 智子 *

恋じゃない最初から愛という文字が頭に浮かぶ出会いってある
少しだけ左右非対称に歩くあなたの腕をとろうか迷う


  宝 塚 湖乃 ほとり *

降る雪よまだ夢にまで出る人へ寄せる想いも溶かしておくれ
コンタクトしている時しか見えないが確かにそこに光る何かが




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

わたくしのふるさとはどこ哀しきは甲府解き放たれしはコロラド
聴衆にまじりて話聴きくれる今日の子の目は包みこむいろ


  横 浜 大窪 和子

日の温み受けしつかのま雲はしり乾ける雪の乱れ降りくる
底ごもり聞こゆるものか日本海の疾き風の音おらぶ海鳴り


  那須塩原 小田 利文

前例なき改悪と密かに吾が思ふ制度を吾が説く教壇に立ちて
自立支援にあらず自殺支援なりと語気荒く言へり吾に向ひて


  広 島 米安 幸子

初雪が根雪になるとぞ凍りたる雪をかぶせて鰤をくださる
真冬日のままにひと日の暮れゆきて薪ストーブの燃え盛るいろ


  島 田 八木 康子

予約席は海に向く席大きなる窓にあふれてユリカモメ飛ぶ
タイよりの土産を包む新聞紙ひらけばタイの市場匂ひ来



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

本当の飲み手にあらずひとり飲む酒の肴は饅頭でもよし
十分ほど歩けば着くにバス待てる人多きかな見過ごして行く


  東 京 佐々木 忠郎

植ゑて二週間やうやく咲きし蝋梅は折りしも降れる雪に匂へり
降る雪に咲く蝋梅をたのしむに番(つがひ)の頬白来て啄める


  三 鷹 三宅 奈緒子

東方の博士が捧げしはこの香かうつつともなくもの書きつづく
冬枯れの草生あかるき河川敷心ひらけて今日過ぎて来ぬ


  東 京 吉村 睦人

出鱈目の政治をくつがへすきつかけと思ひゐたりしにその逆となりたり
「母」の字を正確に書く人少なきを思ひつつ一々訂正しゆく


  奈 良 小谷 稔

桧の杜ひろく伐られて雷(いかづち)の丘掘られたり何をあばきし
製材の木の香りしてなほ行けば在り処(ど)も見えず蝋梅にほふ


  東 京 石井 登喜夫

吐含山の方より迫る雲ありて道ははげしき雨に入りゆく
赤松林は見るべく容(かたち)ととのひてチマチョゴリ清しく人を行かしむ


  東 京 雁部 貞夫

高麗の盃(はい)に今年の第一酒満たせば浮かぶ「立」のひと文字
年々にこの盃使ひて四十年「立志」は遠し古稀の迫れば


  福 岡 添田 博彬

音楽ではクラシックならむと写実短歌を思ひて心明るくなりぬ
ホーンより差し出がましと断りて郵便受に居る蛇を告ぐ


  さいたま 倉林 美千子

西郷贔屓の友は導く篭りたる洞穴へまた自決の丘へ
賊軍墓地の末に並びて十四歳小さき石は日溜りの中


  東 京 實藤 恒子

幾基かの風力発電ゆるやかにめぐりゐる佐田岬の往きに返りに
導きくれし友のまにまに採りて来し葉脈うきて青し赤榕は



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

敗れたる国の民われ人の中に仰げり硫黄島戦勝の像を
玉砕ををののき聞きし少年われ思ひ出でたりアーリントンにて


  札 幌 内田 弘

この空を無限の電波飛び交ひて何れが吾を目指して来むか
空の終りがくつきりと見えれば投げ遣りな心にならず眠りゆくべし


小口 勝次

久々に庭の水道凍る朝里の諏訪湖は御神渡りと聞く
岡先生の歌集『涌井』の井戸は古り内鎌(ないがま)草庵冬に入りたり


先人の歌


齋藤茂吉  歌集『あらたま』より



あかあかと一本(いつぽん)の道(みち)とほりたりたまきはる我(わ)が命(いのち)なりけり
かがやけるひとすぢの道遥(はる)けくてかうかうと風(かぜ)は吹(ふ)きゆきにけり
草(くさ)づたふ朝(あさ)の蛍(ほたる)よみじかかるわれのいのちを死(し)なしむなゆめ
ゆふされば大根(だいこん)の葉(は)にふる時雨(しぐれ)いたく寂(さび)しく降(ふ)りにけるかも
あが母(はは)の吾(あ)を生(う)ましけむうらわかきかなしき力(ちから)おもはざらめや
                     

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