作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年7月号) < *印 新仮名遣い>  


  東 京 剱村 泰子 *

つま先で歩いてみると愉しくて桜の花びら踏まないように


  東 京 斉藤 瞳 *

少々の疑心暗鬼が具現化しいつの間にやら百鬼夜行(ひゃっきやこう)さ


  東 京 森本 麻衣 *

さっきみた夢の続きを知りたくて初めて君に手紙書きます


  千 葉 渡邉 理紗 *

ひまわりの巨大迷路の心地よさがたぶん理想の人の関係


  神奈川 横山 佳世 *

大げさに「もうお昼よ」と告げている柱時計は祖母に似ている


  宇都宮 秋山 真也 *

山小屋に折々ラジオのニュース聞き音なき山の夜半を紛らす


  東 京 小泉 政也 *

誰か僕に「大丈夫だ」と言ってくれひ弱い僕はもう倒れそう


  京 都 下野 雅史

金色のサルタン・モスクの傍にゐて鳥笛の音と祈りの声を聞きをり


  京 都 池田 智子 *

おいしいとお世辞も言わずおにぎりをたいらげてゆく君の愛しさ


  宝 塚 湖乃 ほとり *

目覚めたら現実世界が分からぬ程長い長い夢を見ていた




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

この星に生まれてきたりぬあっと言い嗚呼と声にいでて言うため
目を上げて山に向かえり私が私らしく在るための歌なのだ


  横 浜 大窪 和子

呼び交はす母と子の声いづくにか聞こえゐて春のひかりある原
メキシコシティに咲きゐしジャカランダの紫よ桜の花が咲けば思はる


  那須塩原 小田 利文

本鮪の解体ショーを見得しこと喜びとして週末終る
障害受容の大切を人に語りしが子の障害は友にも言はず


  東広島 米安 幸子

攻撃的に弾き終へしまま空中にとどめしその手しばし動かず
平和公園のホールに黙祷しトカレフは「葬送行進曲」を弾き始めたり


  島 田 八木 康子

三年は後を引くよと言はれにき母なき一年過ぎて思ふも
今何が欲しいですかと問はれたるルワンダの子ら平和と答ふ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

下校途中に殺されし子の記事読みてまた新しく町の名も知る
男二人住めるこの家荒れはてぬ出す塵(ごみ)も九牛の一毛にして


  東 京 佐々木 忠郎

跛行する己が姿を恥づるなく杖を止(とど)めてバスを見過ごす
森光子のスクワット体操を妻真似て朝に夕べに膝屈伸す


  三 鷹 三宅 奈緒子

柩閉ぢむとして胸のうへ新アララギ一冊をその妻の置きたり
バッハをカンタータを唱ふとただ励みしその晩年を思へばあはれ


  東 京 吉村 睦人

沼ありしところいくつか印す地図柴崎沼はいづれなりしか
雁がねの下りて来ることなきごとくわが悲しみの癒ゆるすべなし


  奈 良 小谷 稔

川べより根の白じらとクレソン摘み一人の暮しに慣れてゆく汝か
かたくりと雪割草と群を分ちかたくりは日ざし明るき林


  東 京 石井 登喜夫

有事対応の構造と聞く地下駅の連絡路複雑にしてすぐに迷ひぬ
倭奴といふ落書を見てこの国の人々の恨(ハン)に触れし思ひす


  東 京 雁部 貞夫

三世代幕引く喜びを申さむに寂し平岩不二男氏の姿見えぬは
勝家軍遁れし北は雪の峠わがゐる余吾は桜咲けれど


  福 岡 添田 博彬

警察署長の内示は何処の町なりしや父の齢こえしばしば思ふ
友らの運変はるとき日雇の仕事来るを素直に受けむ吾は医として


  さいたま 倉林 美千子

緊急切開せしは胆管何処にあるのか何する臓器か知らざりき吾は
むせかへる蘭の鉢持ち込み八十の夫が退院を待ちかねてゐつ


  東 京 實藤 恒子

濃き藍にうねりつつゆく船折の瀬戸の親しもこの年も来て
渦を巻きゆく船折の瀬戸を速み岬に鴬の声ほしいまま



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

美しき湖のほとりにせめぎ合ふかヒンズーの寺にモスク隣りて
灯を消ししテラスに来るはこの島に天女の光と呼ばるる蛍


  札 幌 内田 弘

焼き茄子に息吹きかけて解(ほぐ)しつつ番茶に割らむ麦の焼酎
血糖値は安定してると言ひきかせ呑まう「千寿」を今宵の祝ひに



先人の歌


近藤 芳美 歌集 より



指さして人をののしりたりしさへ夢の如しもよべの記憶に

『早春歌』より

国論の統制されて行くさまが水際立てりと語り合ふのみ

同上

世をあげし思想の中にまもり来て今こそ戦争を憎む心よ

『埃吹く街』より

川にそそぐ雨白じろとさびしきにレインコートの裾ぬれて行く

『静かなる意志』より

十二月八日今宵妻に書く吾が葉書遺書めき行きて二枚にわたる

『吾ら兵なりし日に』より
                     

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