作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年8月号) < *印 新仮名遣い>  


  宇都宮 秋山 真也 *

自転車に片足下ろし見上ぐれば一期一会の桜花散る


  川 越 小泉 政也 *

薄汚れた東上線の電車が落ち着ける家でも会社でも居るだけで辛く


  京 都 下野 雅史

ベラスケスの作品見つつ遅れをり友ははやゴヤのコーナーにゐる


  京 都 池田 智子 *

洗濯を待ちわびているセーターと毛布に囲まれ連休スタート


  宝 塚 湖乃 ほとり *

バイオリンをよく弾き込んだはずなのに張りつめる弦に音が鳴らない


  東 京    剱村 泰子 *

何(なに)もない何(なん)にもない日空白の自分になれるデトックスの日


  埼 玉    松川 秀人 *

懸命に上へ上へと昇りゆく尺取虫よ落ちることなかれ


  千 葉    渡邉 理紗 *

児童書の中に住んでる風変りなわたしを彼女に選んだあなた





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

手にとりて受けとめやればはらはらと怺えかねたるようにバラ散る
それぞれの抱えきたりし寂しさの不意に噴きいで五月は魔のとき


  横 浜 大窪 和子

槍と穂高を結ぶ大キレット単独にて越え来しといふ君を羨む
女性蔑視の歴史に抗ひし異端思想(グノーシス)を絵画に読み解く「ダ・ヴィンチ・コード」は


  那須塩原 小田 利文

和やかに語りかけつつ子の足を支ふる訓練士に少し安らぐ
言葉持たぬ子も手を振りて喜ぶよ珊瑚に遊ぶクマノミの群れに


  東広島 米安 幸子

一人また一人別れて乗りつぎし呉線の海凪ぎて霞めり
藍色に群れ咲くあやめ掠め飛ぶつばめよ今年もよき子らを得よ


  島 田 八木 康子

こらへずに涙流ししそのあした長びく風邪の我を抜けたり
沢の蕗今届けむと弾む声炊くはわが役大鍋に待つ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

新婚の旅に来て見しこの歌碑をけふひとり仰ぐ五十年ぶりに
山荘は遠く上山(かみのやま)に移されて跡示す石に触るるも寂し


  東 京 佐々木 忠郎

トラピスチヌの丘に掘りしより六十年鈴蘭ふえてよく香るなり
従弟(いとこ)の妻ペニー訪ひきぬ十二年ぶり吾を詩人(ポエット)のお兄さんと呼ぶ


  三 鷹 三宅 奈緒子

うみの母を知らずおのが子を生(な)さずかにかくひと生終ふるか吾は
立ち直り立ち直りつつやうやくに今あり今の心たもたむ


  東 京 吉村 睦人

われとともに六十年経しこの鯉らそのいく匹かは一メートルを越す
濾過器より池に落つる水の音ひととき聞きて今夜も眠る


  奈 良 小谷 稔

滝壺の水をくぐりしくれなゐの椿の花は花弁くづさず
ひさびさの明日香の奥は春たけて紫華曼(けまん)黄華曼のとき


  東 京 石井 登喜夫

臨津江の向うには人工の無人都市の影なほ遠き国原は緑を持たず
シアトルの韓国人酒場の弾き語り侘しかりき夜々の「カスバの女」


  東 京 雁部 貞夫

若者を支援するフランスのデモ幾十万いまだ「連帯」はかくも息づく
憲法九条すてて「愛国心」を強ひる国かかる事態にも人は怒らず


  福 岡 添田 博彬

八重洲近くなりて探すにわがソフト被りし記憶のみありて茫々
相模灘見ゆるかと登る崖の路に思ひしより高く凪ぐ青き海


  さいたま 倉林 美千子

汗に覚め着替へてはまた昏々と眠りに堕つる昼も夜もなく
旗持ちて駅に待たむと書きてあり熱続く身の癒ゆる日あれな


  東 京 實藤 恒子

迫り来る命を詠みて書き記し歩みて救急車に乗りまししとぞ(悼 北澤敏郎様)
見舞ひたる歌の友らを励まして次ぐ日の朝に身罷りましき



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  小 山 星野 清

君が庭にケチャの合唱しづまれば四囲の闇より虫の声沸く
君が屋敷の椰子の葉叢にかかる靄親しみて見きあしたあしたに


  札 幌 内田 弘

はみだして歩く児童に声を掛け笛吹きゆくは妻ではないか
水の中に切りゆく豆腐の危ふさに今日の心を重ねてゐたり



先人の歌


子規の病床に集まって、根岸短歌会が行われたことは周知のことだが、集まった人々との交流の様のしのばれる歌を読み返していてほのぼのとした気持になった。もともと歌はこんな風に温かく人に呼びかけるものであったのだ。



  柿の実の甘きもありぬ柿の実のしぶきもありぬしぶきぞうまき

  愚庵和尚からもらった柿のお礼


  十四日お昼過ぎより歌をよみにわたくし内へおいでくだされ

  岡麓への誘い


  竪川の流れ溢れて君が庵(いほ)の庭の木賊(とくさ)に水はこえずや
  我が庵の硯の箱に忘れありし眼鏡取りに来(こ)歌よみがてら


  いずれも左千夫に 前者は水害の見舞い


ところで、次の歌は芥川龍之介が土屋文明に宛てた手紙の中の一首である。

  山襞の雪消えにけりいたづらにきのふもけふも君を待ちつつ
                     

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