作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成18年10月号) < *印 新仮名遣い>  


  宝 塚 湖乃 ほとり *

干してあるビニールプールの小ささに戻りたくてももはやもどれぬ


  東 京 剱村 泰子 *

真っ白なるお皿に坐っているきみはカリフォルニアから来たブロッコリー


  国分寺 斎藤 瞳 *

シャンパンのグラスに弾ける気泡さえ男の価値を見極めている


  埼 玉 松川 秀人 *

乳母車気にも留めずに行き過ぎぬ君の赤子と知る由もなく


  川 越 町田 綾子 *

お勝手の蛇口に潜む水滴が魔物と私を共鳴させる


  千 葉    渡邉 理紗 *

陰口が漏れる廊下の空調のごにょごにょの中に私の名前


  神奈川    横山 佳世 *

「今日学校行きたくないな」のつぶやきに「アァ」とカラスも同意している


  宇都宮    秋山 真也 *

部屋の中がしきりに砂で煙るので黄砂が飛ぶとわかる晴れの日


  川 越 小泉 政也 *

働かざる者食うべからずと言うけれど働き過ぎの胃は何も受けつけない


  京 都 下野 雅史

幾何学模様や柱の形がイスラムの町の姿にいつしか変はる


  京 都 池田 智子 *

梅雨どきに朝日まぶしい月曜日仕事に行かず布団干したい





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝

音消しし電子ピアノに向かう夫からだを揺りて夜半いつまでも
草覆うがれ場を水辺へひとすじに獣の道か花の朱つづく


  横 浜 大窪 和子

待つことの幸せ一つ抱きゐる叶はぬか叶ふかは後のことにて
内視鏡に小さき手足みとめしと汝よ既に母のかなしみを持つ


  那須塩原 小田 利文

良くみれば吾の姿ぞカーブミラーに映る冴えない中年男は
午前零時過ぎてをれど行かむアパートの駐車場にそつとアクセルを踏む


  東広島 米安 幸子

サングラスに光しづめばゆゑもなく吾がありなしの記憶のかへる
父母(ちちはは)の遅き一人子わが知らぬ父母のことあるやも知れず


  島 田 八木 康子

月給は七万円なり中国より来て働けるこの若者ら
中国の家族に仕送りすると笑む七万円のうちの四万を



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

わが路地に初めて咲けるあざみの花絶えず寄れるはしじみ蝶と我と
銀河淡く見えしはいつの頃までか星ひとつなし東京の空に


  東 京 佐々木 忠郎

疲れては窓に眺むる藪茗荷花のあとなる青き実ひかる
青き実に黒ずめる今朝や藪茗荷そよ吹く風も秋めきにけり


  三 鷹 三宅 奈緒子

実と虚と鮮やかに北の故里をうたひゐたりきうたひて果てき
「身捨つるほどの祖国」と詠ひき祖国とふ言葉すらいまは遠々しけれ


  東 京 吉村 睦人

幾十年たちて再び言はれむか携帯電話の脳への障害
次々と刺客(せつかく)を送りし影響か簡単に人を殺す世となりしは


  奈 良 小谷 稔

国司たりし家持あはれかたはらのわが友と同じ三十前後
わが足に残る力のたまものと見下ろす琵琶湖に朝霧うごく


  東 京 石井 登喜夫

慶州に新羅を見たり扶余は見ず高句麗に心を残しつつ去る
つづまりは旅の過客のわが目のみ韓国はよく分る国分からない国


  東 京 雁部 貞夫

蒋介石に投降し戦犯たるを免れき邦人二百万人無事に帰国させよと
岡村寧次を書きつつあればニュースひとつA級戦犯の合祀を怒る天皇のこと


  福 岡 添田 博彬

A級戦犯まじるがゆゑの不参拝は聡明に開かれし方の限界か
鴻毛の二百五十万人見捨てしを今頃追従笑いひするマスコミ政治屋ども


  さいたま 倉林 美千子

車は信濃より木曽に入りたりこの道を遂に否みし人思ひゐつ
軒崩れ樋かしぐ旧宿場町夏草刈りてゆきし人あり


  東 京 實藤 恒子

白檀の香に換へたり梅雨さなか読み継げる子規の月命日に
子規庵にこぞ頂きし吉祥草いきほへば吉事(よごと)の出で来ぬものか



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

強制の自慰させられし身を呪ひ手を洗ひにき合歓咲く岸に
石投げて吾を泣かしめし群のなかに必ず兄もゐたりしと思ふ


  小 山 星野 清

いぢめらるるだけの学校なら行かぬもよし覚悟して告げしことを忘れず
六年間のつらさ綴りて没とされしわが少年の原稿ありき


  札 幌 内田 弘

撒水車過ぐれば匂ふ埃あり幼き吾に繋がりてゆく
ビル風にポプラの絮の一転し上昇気流の中に消えゆく



先人の歌


『落合京太郎全歌集』昭和五十四年より



金の無心の手紙を持ちて使ひに来し少年我を知るは君のみ
入江蒼く波に触れ飛ぶ鴎見え幼(をさな)のごとく人老いましぬ
疎んじられし父の怒りを見しときにわれは憎みき今日の仏(ほとけ)を
新墓地の山下かげの畑一枚わが家最後の土地と記憶す
山を谷をひそかに踏みて通ひあひき時の勢ひに関はりもなく


 このほかに「事しあれば来りて歩むふるさとに道祖神(さへのかみ)失せ古道(ふるみち)残る」があり、ふるさとに縁遠くなった作者が訪問した折の作とわかる。少年時代の落合京太郎を偲ばせるのに十分の叙情性があふれる作品である。この作中の君は老いて幼子のごとくになっていたと二首目の作でわかる。ほかの作から、この作者独特の風土、歴史の捉えかたのある一連であり、是非一読をすすめる。
                     

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