作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成19年1月号) < *印 新仮名遣い>  


  京 都 池田 智子 *

電気ガス水道とめてゆく部屋は時も止まった空箱となる


  宝 塚 湖乃 ほとり *

我の飲む薬はついに十を越えそれが普通となるのが怖い


  東 京    剱村 泰子 *

肝心な話忘れた振りをしてふたりはうすばかげろうになる


  東 京 斉藤 瞳 *

デフォルメはしない主義だとぼやきつつ優しい嘘を重ねてる君


  埼 玉 松川 秀人 *

もくもくと線香の煙立ち込める関帝廟を覗く我等は


  埼 玉    町田 綾子 *

何人(なんびと)も進んで収容されている満員電車の重い体よ


  千 葉 渡邉 理紗 *

逃げたとも身をひいたとも言いきれる月の裏側にだぶる横顔


  宇都宮 秋山 真也 *

雲の間に朝日が青紫になりてより今日の光の断片が散る


  川 越 小泉 政也 *

北朝鮮やイラクのテロを語るとき彼の人はアフガンをもう忘れてる


  京 都 下野 雅史

セビリア行のアベの車窓に広がりぬオリーブ畑と家畜の転び寝






(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

山裾の和紙漉く里へつづく道さながら靄に吸いこまれゆく
日に照りてあたたかそうな白さなり和紙晒す家いまに残りて


  横 浜 大窪 和子

悲しみもつ子を乗せてゆく夜のみち車をこめて雨流れ降る
ありありとわが胸に来しみどり児の温もりありきさびしき夢に


  那須塩原 小田 利文

言ふ如き景気なら並ぶ筈もなし七十円均一のおでんの列に
韓国の空襲警報訓練を平和ボケの国テレビが映す


  東広島 米安 幸子

いつまでも手を振る幼の乗るバスは相生橋を渡りて行きぬ
背後より挨拶をして少年は夕焼けの坂今日も駆けゆく


  島 田 八木 康子

区画整理なりても人のまばらなるこの無機質の町を危ぶむ
やうやくに掘り当てたりし温泉もはや採算を巡りて揉めぬ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

酒は飲まねどしきりに煙草を吸ふ君をひそかに憂ひき告げざりしかど
小川町よりこの北千住の教室に連れだちて月々来まししものを


  東 京 佐々木 忠郎

靴の紐しかと結びて八十四の妻は出でゆく三粁(キロ)ウォーキングに
三粁を去年より早く歩きしと最高齢記録証貰ひ妻帰りきぬ


  三 鷹 三宅 奈緒子

春待つと夫のこころの刻まれし沙留(さる)川の石よ年ながくあれ
空知川の草荒れし河原をゆきゆきて相あふ石狩川が光り見え来つ


  東 京 吉村 睦人

諦むることに馴れこしわが一生(ひとよ)ふたたび一つ諦めむとす
雨垂れの音にまじりてまたどこかで一つ鳴きゐるこほろぎの声


  奈 良 小谷 稔

走る電車の車体全面に大学の名を掲げたり品格捨てて
よき時代の教職なりき免許さへ再審査されむ屈辱もなく


  東 京 石井 登喜夫

烏いまだ目覚めず蝉もまだ鳴かず午前五時半わが試歩のとき
ベルトに穴を五つも加へ嘆きしが夏を凌ぎてひとつ戻りぬ


  東 京 雁部 貞夫

江戸のランボオと後の世称ふる如亭山人京の孤独死五十七歳
永観堂の裏山のぼり終に見出づ柏木如亭埋骨の碑を


  福 岡 添田 博彬

衰へは眼窩の脂肪に及びたるや眼鏡のピントが合はずなりたり
胸水の吸引二日目にて三リットル超ゆれば記録する興味の失せぬ


  さいたま 倉林 美千子

遠き記憶つなぎ合はせて面影を思ひ出さむにとりとめもなし
大き屋根耀き現はるる日のためにみ寺の赤き蝋燭を持つ


  東 京 實藤 恒子

草薮に埋もれておはす石仏(いしぼとけ)入りゆく道のこほしきものを
その友の恋のゆくヘを目守りたる湖(うみ)蒼あをと水無月のひかり



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

自由自由と叫べるうちに卒然と現れ出でしはただならぬ世ぞ
唯一の核被爆国としてかざし来し旗をもやすやす降ろすといふか


  小 山 星野 清

情調に流されやすき民族をくすぐりて「美しい日本」などと言ふ
「美しい日本」にせむとの所信ならば美しき日本語にて聞きたかりしを


  札 幌 内田 弘

わが影はビルの壁に折れ曲がり夕日のタワーは逆光の中
次々と傘を広ぐる空間に夜の雨匂ふ地下鉄の出口に



先人の歌


中村 憲吉 歌集 『林泉集』 より



夜の珈琲店(カフエー)かがみの壁に燈(ひ)はふかし食卓白きなかより対けば
大河口(おおかはぐち)の夕焼がたの船工場音をやめたりその重きおとを
とぶらひの行きて曲れる宿はづれ峡(かひ)の戸口へ道はるか見ゆ
岩かげの光る潮より風は吹き幽(かす)かに聞けば新妻のこゑ
春すぎて若葉静かになりにけり此の静けさの過ぎざらめやも
                     

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