作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成19年2月号) < *印 新仮名遣い>  


  宝 塚 湖乃 ほとり *

情熱もいくらか醒めて薄く咲く十一月のハイビスカスは


  東 京 斉藤 瞳 *

焼きついて離れぬものがあるとすればそれをときめきと呼ぶのでしょうか


  東 京    剱村 泰子 *

遠距離になればなるほど近くなる会いたい気持ちに嘘をついてた


  埼 玉 松川 秀人 *

長い冬今年も来たかとマフラーを首に巻きつけ家を出でゆく


  千 葉 渡邉 理紗 *

縄跳で空にふれたい産まれたてのヒヨコみたいに純でありたい


  神奈川    横山 佳世 *

その前の持主たちの溜息が古書のページに挟まって居る


  宇都宮 秋山 真也 *

ああ雨が降っていると思いいて休日の午後何故か涙す


  川 越 小泉 政也 *

仮眠中北朝鮮にいる夢を見た果して何かの暗示だろうか


  京 都 下野 雅史

苦痛に満つるその顔と高ぶる楽士の声悲哀を伝へる女性の踊り


  京 都 池田 智子 *

母の前で今までお世話になりましたなんてことばを真顔で言えず






(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

過ぎし日のいつのこころに歌うのかアコーディオンの音色は風に
肌を射る日差しと蒸れだつ草の匂ありありとしてTrestの丘


  横 浜 大窪 和子

雨しげき今夜をいづこに眠るらむ手術待つ子は小さき旅に
人間は悲しみの器といふ言葉いつよりかわがこころにひそむ


  那須塩原 小田 利文

箒川に紅葉流るる昼過ぎを歩行指導す体冷えつつ
盲導犬センターが今日成りしとぞサリンに苦しみし上九一色村に


  東広島 米安 幸子

小暗きにあしびの細枝差し交す樹海に早くも方角失ふ
起伏なき樹林の深さにをののきて引き返さむと友の促す


  島 田 八木 康子

菜を洗ひ風呂水汲みし泉水に重機はためらはずアームを振るふ
わが生れし家も土蔵も今はなく惜しみて触るる背戸の石垣



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

破れたるジーパンを共に穿(は)く男女優先席に手を握りつつ
五百円の銀貨見れば幼き汝を思ふ会へば一枚手渡すゆゑに


  東 京 佐々木 忠郎

四年前ふるさとを去る機内にて永遠の別れかと吾は思ひき
山につづく港も町も下に見え現(うつつ)に吾は帰り来しなり


  三 鷹 三宅 奈緒子

ひととせの早く過ぎぬとこの朝(あした)森の径(みち)ゆきて森の匂ひよ
「晩年こそ輝きてあれ」書きて来し友のエールを幾日かおもふ


  東 京 吉村 睦人

現実といたく異なる空想にひたりてわれはひとときをゐき
父により殺されたりし少年のある時の目差しよみがへりくる(K高校生)


  奈 良 小谷 稔

舟通ひ活気のありし衣渡(えのと)川文明先生も二十八九か
アララギと諏訪との縁の久しきを心に詣づ墓の四ところ


  東 京 石井 登喜夫

秋来ぬと木槿の花の過ぎがたにわが朝の試歩五百歩となる
秋彼岸にかへり来し子の姿かと草かげろふを手のひらに置く


  東 京 雁部 貞夫

売られゆく船はかつての北極星号(ステラ・ポラリス)か白亜のヨット五千噸なり
上海へ牽(ひ)かるる途上のステラ・ポラリス号空しく沈む紀州の海に
               ・ 九月二日潮岬沖にて沈没


  福 岡 添田 博彬

吸引の感触無きまま胸腔穿刺終りてわが見えぬ位置に試験管置けり
少なくとも八クールはなさむと医師言ふは吾に四月の命はあるらし


  さいたま 倉林 美千子

きりぎしに映るは午後の波の光(かげ)光(かげ)にたはむれ仔鹿は遊ぶ
赤潮に腐乱の後を如何にすと問ふに君は告ぐ海の自浄を


  東 京 實藤 恒子

いまさばと逝きたる君を病む友を偲びて堪へ難し歌会の折をり
大らかにあれと言はれぬしたたかに酔ひていひたることのはかなく



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

人のあとにいつももの言ふ小さき声最も核心を突くと思ひぬ
夫ぎみを送りて三月物言ひの妖(あや)しくなりし君を伝へ来


  小 山 星野 清

コロンビア大氷原に立たむ日のこの朝晴れて雪の山冴ゆ
氷河融けて氷の間よりほとばしる流れ汲まむと腕(かひな)を伸ばす


  札 幌 内田 弘

胃に残る酒を悔やみて雪の降る街灯の下に午前一時なり
日溜りに君と座りてワンカップ渡せばそれより長き沈黙



先人の歌


島木赤彦歌集『柿蔭集』より



或る日わが庭のくるみに囀りし小雀(こがら)来らず冴え返りつつ
隣室に書(ふみ)よむ子らの声きけば心に沁みて生(い)きたかりけり
春雨の日ねもすふれば杉むらの下生(したふ)の笹もうるほひにけり
信濃路(しなのぢ)はいつ春にならん夕づく日入りてしまらく黄なる空のいろ
我が家の犬はいづこにゆきぬらむ今宵も思ひいでて眠れる

・引越しをする先輩から『赤彦全集』をいただいた。諏訪がなつかしくてひもとくままに。赤彦最晩年の作である。
                     

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