作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成19年3月号) < *印 新仮名遣い>  


  東 京    剱村 泰子 *

どちらかで迷ったときはわくわくするほうを選べよという父が好き


  東 京 斉藤 瞳 *

お大事にと書かれた薬袋の文字が涙でむ一人暮らしは


  埼 玉 町田 綾子 *

早朝の玄関の前まっさらな靴紐固く蝶々結び


  神奈川    横山 佳世 *

野の花を小瓶に活ける化粧室ここなら誰でも気づいてくれる


  宇都宮 秋山 真也 *

昨日までの明るい自分の笑顔ほど尊いものはなしと思えり


  川 越 小泉 政也 *

思い出は輝いて見えるものなのか人を傷つけた思い出さえも


  京 都 下野 雅史 *

陰ふかき円柱の森に差す光大理石は反射して道しるべなす


  京 都 池田 智子 *

気持よく家族を送り出せる朝日々幸せの基礎ここにあり


  宝 塚 湖乃 ほとり *

幼き頃一年はあれほど長かりき今は短かし今よとどまれ




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

母に手を引かれ入りくる須臾の間を幼子にそのおおよそを読む
朝の庭に日にかがやくは母なりき頭の白くトレパンはきて


  横 浜 大窪 和子

手術待つ三週間に貯血せし汝が血は戻る汝が体内に
終末は近づけり聖書読むべしとわが門にたちて言ふ女あり


  那須塩原 小田 利文

汗ばむほど暖かき庁舎に怒りわくCO2削減に耐へる日続きて
頬にさす冬の光に亡き母の厚き手の平思ふしばらく


  東広島 米安 幸子

燃え立ちて辺りを払ひしメタセコイア円錐形の冬木となりぬ
いく処か酒米を蒸す湯気立ちて酒の都と言はるるわが町


  島 田 八木 康子

不意に来てわがため編みしセーターと心病む少女ひたすらなりき
水を断てばサンセベリアは冬を越すかかる仕打ちもやさしさのうち



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

わが路地に真冬も鋭く葉を伸ばす彼岸花の群は我を励ます
敬語無しの明治天皇伝読み終へて今更に知る世の移ろひを


  東 京 佐々木 忠郎

足病みて年ごとに控へ目になる吾をもどかしとも言はず妻の明るし
初詣で今年も妻にゆだねたり罰はてきめん風邪をよくひく


  三 鷹 三宅 奈緒子

惧(おそ)れゐし法案つひに成立す起きいでてこの朝の心はくらく ・改正教育基本法成立
滔々となべて押し流す一つながれその予兆ともこの法案成立


  東 京 吉村 睦人

びつしりと住宅建ちしこの斜面ここに高射砲陣地ありたり
発射する砲弾なくてB29の編隊に砲身をただ向けしのみ


  奈 良 小谷 稔

年若き守家持を偲ぶとき時雨は能登の海こめて降る
この村に子どもは少年一人とぞ守家持の知らぬ能登いま


  東 京 石井 登喜夫

音立てて落ちくる枯葉音なき葉散り際の差といふも身にしむ
信なくて読むといへども佳き言葉にしばしばわれを忘れて眠る


  東 京 雁部 貞夫

ペン部隊たちしは福岡雁の巣飛行場その時われはわが母の胎内にゐき
朽ち果つるはかの船のみかこのビルも集ふわれらも例外ならず


  福 岡 添田 博彬

癌殺し胸膜を癒着さすスグレモノ悪寒戦慄を吾に教へき
脳と頚の転移を主治医は疑へど患者の吾には少し速すぎる


  さいたま 倉林 美千子

真珠筏のどかに海に並ぶ見てまたなき吾の今日が過ぎゆく
きらめききらめき海は続けり赤潮も自浄すといふ力を溜めて


  東 京 實藤 恒子

再びの手術をこばみ家族らに見守られつつ友は逝きたり
わが万葉の講座聴きゐし静かなるその目差の思ほゆるかも



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

明方の窓より見ゆる空の色探してゐたるもののひとつか
やがてゆく彼の道に見む空のいろ覚めゆく前の意識に見たり


  小 山 星野 清

宇井純の早暁の死を伝へ来し友の電話に覚めて座しゐつ
宇井少年の親友としてNHKテレビに君を語りし日ありき


  札 幌 内田 弘

吹雪く原一瞬晴れて沈みゆく夕日の色に忽ち染まる
みづからの孤独を守り止まり木にそれぞれの酒をそれぞれが飲む


  取 手 小口 勝次(HPアドバイザー)

梓川に流れ入りゆく清流をたどりて近づく明神池に
下諏訪の友の名付けし「万治の石仏」新田次郎が書きて広がりぬ


先人の歌


土屋文明の早春の歌より 歌集「山下水」



蟹ひとつ形のままに死にたるも沈みて春の泉は増しつ
谷を吹く風に舞ひ来る雪幾片とけて柳の花のうるほふ
春の日に白髭光る流氓一人柳の花を前にしやがんでゐる
萌えいづる畔の青さは寄せて来る潮のごとし吾をめぐりて
にんじんは明日蒔けばよし帰らむよ東一華の花も閉ざしぬ

 土屋文明のこれらの歌は戦後平和になって初めて迎えた昭和二十一年の待望の春を迎えた作である。群馬県の農村に疎開中であった。私が歌をはじめたのもこの頃で私も農村出身なので文明の歌がとても親しいものになった。自然の捉え方はこれらの歌から学んだ。
 三首目の「りゅうぼう」は他郷に流浪する民で、文明は戦災で家が焼かれたまさに流浪の身であった。
                     

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