作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成19年4月号) < *印 新仮名遣い>  


  宇都宮 秋山 真也 *

相聞歌が作りたいのか恋したいのか判らず今は僕に愛なし


  川 越 小泉 政也 *

アルコールを飲んでも友の気遣いが忘れられず今日も聞き役になる


  京 都 池田 智子 *

少しだけ気を遣いつつお互いに思いやりつつ折り合ってゆく


  宝 塚 湖乃 ほとり *

幻のように探して目を凝らす求めてもまだ雪は降らない


  武蔵野 坂本 智美 *

鉛筆とジャポニカ学習帳を使ってる変声期を越えた生徒幾人


  埼 玉 松川 秀人 *

大木の命の鼓動が聴きたくてそっと近づき耳を澄ます


  千 葉 渡邊 理紗 *

残業がないからたぶん寄り道もたのしくなくてためいきばかり




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

なにが果肉となりてゆくのか自らの内より醸す音色のありて
屋根の上に鋲打ちている青年とわれと目があう虚空のなかに


  横 浜 大窪 和子

どこか違ふ今日のリードを感じをりさびしきものか踊るといふこと
脚でなく上体で踊れと言はれしを思ひ廻らす一人となりて


  那須塩原 小田 利文

笑ひごゑと夜更け聞きしは加湿器のタンクに気泡の動く音らし
十八歳成年制はやがて来る徴兵制にも都合良からむ


  東広島 米安 幸子

死の予感誰にもなくて君を囲む十四年前の写真が残る
男(を)の児亡くしつぎて生(あ)れたるわが長女母となるまでの歳月思ふ


  島 田 八木 康子

日に十万売り上げるまでこの店は暖簾下げずとささめける声
勢ひて掛けし電話に肝心の言葉出で来ず竦む数秒



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

わが街の道路ふさぎて自転車の集まるは皆パチンコ店の前
兵役なきこの国を思ふことありやパチンコにひたすらいどむ若者


  東 京 佐々木 忠郎

誘はれて娘夫婦と河津桜見にゆく妻の屈託もなし
車の渋滞に会はねばいいがと案じつつ庭の河津桜をひとり眺むる


  三 鷹 三宅 奈緒子

皮膚荒れてただに立ちゐる老いし象広き石床に動くことなし
今は噛む力のなしと抜けし大き臼歯を展示す象舎の前に


  東 京 吉村 睦人

お前は核を持つてはいけないと地球規模の苛めはつづく
核を持つてはならないといふ同じ理由であんたらも核を持つてはならぬ


  奈 良 小谷 稔

教授会を必要悪とみなしたる経営者にて孤独に逝きぬ
車椅子にてダンスする写真卒業生よりの稀なる賀状の中の一枚


  東 京 石井 登喜夫

この冬が越せるのですかといふ言葉娘の声は強くひびきぬ
妻も吾も言挙げしつつ愚痴となる六十五年目の開戦前夜


  東 京 雁部 貞夫

さきたまの寄居に鮎を愛でましし君の微笑み忘れざるべし(悼内田堅二氏)
病みてなほ歌へのはげしき意欲知る常おだやかな君のノートに


  福 岡 添田 博彬

戦敗れ母校の校歌は変はりたれど我ら殉国を愛国としぬ 
脊柱に重なるおぼろに白き影前の月より定かになりぬ


  さいたま 倉林 美千子

湾岸道路に架かる陸橋頭上には高速道交差すただ音の渦
動くものは際限もなく車車人の匂ひなし湾岸道路に


  東 京 實藤 恒子

わが庭と出で来る折々この苑を還流して響く滝ふたところ
紅葉のいまだ華やぐ苑の路とりくるる手のあたたかきかな



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

悟りには程とほき身と分かりたることだけでよし花見て二日
いま少し時を貰ひて移る世に変らざるもの見詰めゆくべし


  小 山 星野 清

大氷原融けて流れの轟けば氷河痩せゆくその速さ懼る
小型機の降り行く先に家の見ゆ大平原にかかる暮らしあり


  札 幌 内田 弘

鉄骨の中に灯りの点りつつヘルメット動きて槌音止まず
人間の気息を間近に感じつつ電車の吊革握り続けぬ


  取 手 小口 勝次(HPアドバイザー)

笹を持ち兎が猿を追ひて行くそを追ふ蛙は大きく手を振る
第四巻は描写が粗しと聞きて見る細やかに描くけものらに飽かず


先人の歌


柴生田 稔歌集『冬の林に』より



終点にやがて着くべき列車にておもむろに今ホーム過ぎゆく 
嘆息して我は見てゐる人老いて若きに負けゆく新聞将棋
十五センチに足らぬ楠の木わが残る命のうちに幾ばく育たむ
失ひし時を思へば教室に置き忘れ来し一本の傘
今日沁々と語りて妻と一致する夫婦はつひに他人といふこと

 柴生田稔はご存知にようにアララギに学びながらも、屈折の叙情を豊かに歌い上げた人である。抄出の作は晩年の作であるが、人がいかにあるべきか真理を突き詰めて考え、そこから生まれた叙情が感じられる。
                     

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