作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成19年6月号) < *印 新仮名遣い>  


  宝 塚 湖乃 ほとり *

天気情報で桜の開花を予報するそんな国に生まれてよかった


  京 都 池田 智子 *

メークインゴロンと大きく煮る私いちょう切りにてことこと煮込む義母


  高 松 藤澤 有紀子

滔々とモンゴルの地を語りし師の声は幾年たちても耳に残れり




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

母の弾くピアノの音色知らずしてふたりの子らは青年となりぬ
たまらなく弾きたくなりて弾くピアノ皿あらう手の乾かぬままに


  横 浜 大窪 和子

日本企業へ研修を望む青年ら八人がわれらの前につぎつぎ
幾たびかのテスト終へ面接会場に集ふ若きらの眼差しつよし



  那須塩原 小田 利文

椿の花踏みて遊びてゐし子らも唯真閣の陰に消えたり
朝日差す左千夫生家に音のして雨戸繰りゆく人の影見ゆ


  東広島 米安 幸子

四歳が「とりあえずう」と言ひし後納めし言葉取り合へずよし
祖母われを説得ののち声ひそめ母には内緒と付け加へたり


  島 田 八木 康子

不意に来て我を悲しくさせる過去桟にはたきを掛けゐる時も
眼鏡掛けし我がますます亡き母に似て来ぬといふ今日三回忌



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

もの足らぬ一日なりけり酒飲む日飲まぬ日決めてけふは飲まぬ日
気象庁は日本語を知らず「宵のうち」を「夜の初め頃」に改むと言ふ


  東 京 佐々木 忠郎

散る時がこしと枝葉を離れゆく桜は白し庭いちめんに
仕事ひとつしづかに吾より離れゆく体(からだ)いたはれと諭すごとくに


  三 鷹 三宅 奈緒子

下の世代に言葉通ぜずとこもごもに嘆けりけふは若き人らが
なべての処理インターネットにてすます世とこの若き人らさへに嘆くか


  東 京 吉村 睦人

ところどころ小梨の花の咲き盛る疎林の中ゆく高原列車
二週間見ざる赤子を思ひつつ山の学寮への往還つづく


  奈 良 小谷 稔

アララギも若かりしかな憲吉は燕岳よりこの寺に来し
芽吹く前の雑木の峡の西ひらけ見おろし遠く諏訪湖の湛ふ


  東 京 石井 登喜夫

妻ややに癒えゆくものか食卓に箸の動きが早くなりきぬ
食器棚の皿の重ね方にもルールあり教へて貰へば合理的なり


  東 京 雁部 貞夫

久々に天神詣でを果したり「う」の字大きな暖簾をくぐる
「郷に入らば郷に従へ」よく焼きし上方風のうなぎ又よし


  福 岡 添田 博彬

死せる友を告げたる後に自らも前立腺病むを言ふこの友は
胸腔に留(とど)まるカニューレの先端処理尋ねむ思ひも痛むときのみ


  さいたま 倉林 美千子

残照はなほ匂へるに登り来し御陵をこめて雪となりたり
麓まで続く御陵の石の段ひた追ひくるは雪片のみか


  東 京 實藤 恒子

はうきぼしは幾年振りか夕茜に太き尾を引くマックノート彗星
星かげの冴ゆる水面をわが泳ぎしかの感覚のよぎるたまゆら



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

鍬の柄に顎置きて眺むる梅の花仙ヶ岳に日のかくれゆくまで
十ばかり馬鈴薯伏せてゆくにすら冬眠のかはづひとつ傷付く


  小 山 星野 清

ブロンドの髪の少女が遅れ来て一礼し和太鼓の一員となる
日本人君のかけ声にこの国の人ら繰り返し和太鼓を打つ


  札 幌 内田 弘

マンションの足場組みゆく若者に日の移り来て髪の光れり
黙々と水を使へりこの夜の妻は越え得ぬ哀しみあるか


  取 手 小口 勝次(HPアドバイザー)

わづかの間言葉を交しし媼去りて寄せくる波の音のみ聞ゆ
海の香の漂ふ店に今朝獲りしうつぼの開き長々と吊る


先人の歌


光たつ厨



連翹(れんげう)の黄に匂へれば嘆き来しわが二年(ふたとせ)を君に言ひ出づ
頭(かうべ)垂れて祈り給へば吾坐る畳の上に夕日さし来る
苦しみし二年は遂に空しかりき光(かげ)たつ厨に朝(あした)嘆かふ
堪へがたきおもひに朝の炊ぎする微塵(みぢん)光りてたつ厨辺に
夕光(かげ)のしづむ麦生を歩み来て悲しくもわが心さだまる
ただ一つの決意をなして起き出づる門田に今朝の霜白きかも


*アララギ初の女性選者(現新アララギ選者)三宅奈緒子の第一歌集『白き坂』の冒頭の歌(昭和21年)を抽いた。
この5月に文庫本として再版されたばかりだが、現役の歌人の若い頃の作は参考になろうと紹介する次第。
                     

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