作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成19年9月号) < *印 新仮名遣い>


  高 松 藤澤 有紀子 *

幼な子の瞳の奥に思いもかけぬ強き意志の光を見たり



  宝 塚 有塚 夢 *

心理学習いて思う世界とは存在自体がインチキ臭い



  東 京 森本 麻衣 *

プリントの右下の隅に住みついた君の世界は実に自由だ



  東 京 山田 さやか *

茜さす日暮れの空へかがやける太白星(たいはくせい)を目指し飛び立つ



  東 京 鈴木 靖子 *

制服の中身であった頃見えた世界の枠が今また欲しい



  東 京 森山 絵理 *

午後二時に日陰探して歩く道 目的地には彼が待ってる



  埼 玉 町田 志帆 *

暗い夜花火の光で照らされた君の笑顔は去年のだった





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

冷えやすき右肩を手にあたためていましばらくを風のなかに居よう
煮物鍋もちて入り来るこの路地にああ真っ白な入道雲だ


  横 浜 大窪 和子

幼くて悲しみに耐へし汝にして今穏やかに子らを育む
丈高き汝を見上げぬこの息子とワルツ踊らば愉しからむか


  那須塩原 小田 利文

畳なはる山を見せむと腕に重き子を抱き上げぬ碓氷峠に
日々に重き子を抱き風呂に体洗ふ吾が体力のいつまでならむ


  東広島 米安 幸子

一列にひまはりの種芽生えたり花の隊列思ふにたのし
水打てば水辺の色に還る石すなはち吾の拉致したる石


  島 田 八木 康子

再建に励む笑顔は去年のもの短きメールに苦悩がにじむ
どつぷりと湿り気多きわが心いつそ泳ぐか抜き手をきつて



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

十日経て列車の窓より見渡せばけふはいづこも青き田となる
芦むらも真菰も今は見えぬ川わびしくなりて橋わたり行く


  東 京 佐々木 忠郎

学芸会に君も独唱せしと言ふ童謡「とんび」懐かしきかな
吾が歌へば君も和しくるる受話器のこゑ飛べ飛べとんびに涙ぐみたり


  三 鷹 三宅 奈緒子

遠き雲のひとつ在り処(ど)をベランダに折々にみて家ごもるなり
書きなづみつつすがるがに父を思ふかの山の家に苦しみ書きゐし


  東 京 吉村 睦人

この道を行かば十津川村ならむ何にわれの心はゆらぐ
手を取りて共に渡る空想を打ち払ひたりはかなくなりて


  奈 良 小谷 稔

稲作を遂にやめたる老いし兄か否むにあらず肯ふにあらず
人を雇ひ稲植ゑよその労賃は援けむとわが言ひしもむなし


  東 京 石井 登喜夫

かがやける若葉のなかに影に立つ君を君を懐かしみ口笛に呼ぶ
こんなにも少なき脈拍に生きをりて静かに静かにまた息を吐く


  東 京 雁部 貞夫

伊吹山北に迫りて見え来れば君にささげむ言葉定まる
亡き弟に面ざし通ふと言ひましき或る夜君は少し酔ひゐて


  福 岡 添田 博彬

右の肺取り囲み肋骨に転移ありや鎖骨下と外側は指にて判る
父と母の齢合はせる八割を生きぬと知りし夜心つつまし


  さいたま 倉林 美千子

一人は儚く一人は雄々しこの道を吉野へ逃れし皇子(みこ)にありしが
それぞれの命歎きて古人(ふるひと)も大海人(おほあま)も越えきこの山道を


  東 京 實藤 恒子

明けさればバルコンの椅子にものを読む竹のみどりのそよぐ風のなか
バルコンのみどりの風の吹き渡り覚めきらぬ人の面に寄り添へ



(以下 HP指導の編集委員、インストラクター)

  四日市 大井 力

古き世の骨肉抗争をうしろより操る仕組みは今も変らず
権力の行方憂ひて人麻呂の立ちし隠沼がいまも残れり


  小 山 星野 清

ほの暗き中に一点照らされてダヴィンチの「受胎告知」掲ぐる
ほしいままに見たる記憶を懐かしみ押されつつ今「受胎告知」の前


  札 幌 内田 弘

ベランダより創成川見えタワー見え碁盤の通りを散水車ゆく
雨匂ふ街より入りし地下歩道閑散として空気乾けり


  取 手 小口 勝次(HPアドバイザー)

流れ寄る三つの川の合ふところ色異なりてドナウ豊けし
第一回安居会ありしわが諏訪の阿弥陀寺の坂険しく続く


先人の歌


秋といえば長塚節の「初秋の歌」を思い出さずにはいられない。




さ夜更けに咲きて散るとふ稗草(ひえくさ)のひそやかにして秋さりぬらむ
馬追虫(うまおひ)の髭のそよろに来る秋はまなこを閉ぢて想ひみるべし
おしなべて木草に露を置かむとぞ夜空は近く相迫り見ゆ  
芋の葉にこぼるる露のこぼれこぼれ子芋は白く凝りつつあらむ

秋さる の「さる」は来ること。秋のひっそりとしたおとずれを捉えるこんな神経の鋭く集中した調べの作は古から今に至るまで長塚節ひとりであろう。
                     

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