作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成19年12月号) < *印 新仮名遣い>


  藤 枝 小澤 理恵子

渋滞なく駐車場要らぬ自転車の快適さよしガソリンも要らぬ



  高 松 藤沢 有紀子 *

歌など知らぬとうそぶく夫は今月も短歌の記事を持ちて帰りぬ



  宝 塚 有塚 夢 *

恋愛をすること自体疲れると実は最近知ったことです



  東 京 鈴木 靖子 *

汗かいたグラスに指を走らせて逃げてる君を追うこともせず



  東 京 持田 夢乃 *

得意だと大嘘ついたオムライスお茶漬け女卒業したい



  東 京 森本 麻衣 *

いつの日か貴方の背に追いついて見つめてみたい水彩の空



  東 京 吉原 麻美 *

山と海自然が豊かなこの街であなたが生まれた奇跡があった



  東 京 山田 さやか *

画用紙に色とりどりの紙ちぎる少女の描いた未来予想図



  埼 玉 松川 秀人 *

ホラ貝を吹きし山伏の職業は内装業と聞いて驚く





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

照りつける日ざしのなかを湖(うみ)に添うぎしぎしの径ややに涼しく
その鞄見おぼえあるとわが言いてほぐれてゆきぬ七年の隔たり


  横 浜 大窪 和子

心惹かれし幾つかに拘(こだは)り過ぎて来しただそれだけの日々かと思ふ
わが子らに子なきは遠き日産まざりし児の咎かと思ふ心弱れば


  那須塩原 小田 利文

帰らむと寛ぐ当直室に響きくる内線電話はトラブルを告ぐ
子の好きな遊びを訊かれ「お馬さん」と吾が答へたり妻よりも先に


  東広島 米安 幸子

雲切れてくつきり見ゆる半島よ珠洲のあたりか往く船のなし
ジャンボジェット一機留まる空港にかすかに匂ふわが塩鮭の


  島 田 八木 康子

黄に熟れて落ちし梅の実宵々に山の毛物が来て食べ尽くす
菱をさらふユンボも首をうなだれて諏訪の湖畔に西日あまねし



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

畳の上に坐りて歌評をなすことも久々にして胸迫るなり
遠き昔茂吉文明の師を囲み歌会せしはいつも畳の上なりき


  東 京 佐々木 忠郎

望の月見をればいきなり榧の木に一声残し蝉飛び去りつ
まどかなる月指して飛ぶ蝉ひとついたく不器用にして哀れなり


  三 鷹 三宅 奈緒子

痛む背にコルセット締め北に発つ晒巻きて夫のゆきしははるか
ちかぢかと仰ぐと夫の詠ひし山トムラウシ岳その峡に入りゆく


  東 京 吉村 睦人

白髪(しらかみ)のまさりきたれど美しく整へられし形変らず
頸すぢのほつれし髪は過ぎし日に変ることなく美しかりき


  奈 良 小谷 稔

仕事持たぬ齢となりしはらからの五人一夜を枕並ぶる
はらからのそれぞれの寝息聞くことも思ひみざりし旅の安けさ


  東 京 石井 登喜夫

九年生きてひとことも物を言へざりし面影消えずわが思ひまさる
小さなる犬歯をこの世にとどめゐる尚子の風よ今はいづこに


  東 京 雁部 貞夫

朝まだき十勝の川の岸に出づ水勢ひて大河のすがた
二三本莨吸ふ間も晴るるなし狩勝峠の霧の中にゐる


  福 岡 添田 博彬

鬚の伸びおそきに薬を考へしが髪脱くるまでは思ひみざりき
下痢脱毛予定のごとく現れて放射線障害の図式を思ふ


  さいたま 倉林 美千子

癌の処置終へて帰りし夫ひとり常のごとくに書斎を点す
一つ臓器に癌あることを告げられし夫も灯を消し眠りに入りぬ


  東 京 實藤 恒子

病重り指導かなはぬ先生ゆゑ速やかにわれはアララギに入りぬ
アララギにただひとたびの五味選のわが歌三首四十年八月号に


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

つづまりはここだ心だワイシャツをはだけし胸を叩きたまひき(樋口先生)
お互ひに傷付けあひて高めあふ歌のえにしを語りたまひき


  小 山 星野 清

身命を賭せとのたまひしこの総理身がもたずとて任を擲(なげう)つ
総理さへもキレる日本のあなあはれ施政方針を述べて去りたり


  札 幌 内田 弘

溶け出だすアスファルトは徐々に固まりてこの街に続く夜の放熱
区切り付け籠りし部屋を出づる時こころ自在に風に吹かれぬ


  取 手 小口 勝次

二年かけ改築せし樋口一葉館明治の面影失せて新し
今にして思へば哀し二十四歳にて逝きし一葉が札に刷らるるは


先人の歌


湯花沢温泉




山の上に湧く温泉(をんせん)のあつくして素枯れし薄少しばかり青し
湯花採る箱の並べる山のうへ粗(あら)き光のなかを風吹く
冬の日に湯花は多くよどまねば岩秀(いはほ)にかかり湯の激ち落つ
遠き岬にわづか白波の寄する見え草山を越ゆる風のさわがし
こがらしのすさぶ温泉(いでゆ)にあたたまり懐手して帰る墾道(はりみち)

                                             (吉田正俊『天沼』より)
                     

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