作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年2月号) < *印 新仮名遣い>


  東 京 本橋 良恵 *

切り捨てた小指の糸の色なんて知りたくもない 強がり言った



  東 京 富山 芽衣子 *

病室の面会謝絶の注意書きがドラマのようで母から逃げた



  東 京 山田 さやか *

県道を満天星が染め上げる唐紅も及ばぬほどに



  東 京 森本 麻衣 *

帰宅するバイト仲間が指さしたレジから覗く冬の夕焼け



  埼 玉 松川 秀人 *

快音とともに飛びゆきし白い球はぐんぐん伸びてスタンドに入る



  高 松 藤澤 有紀子 *

瀬戸内に沈む入り日にあかあかと染まりてゆきぬ蜜柑も子らも



  宝 塚 有塚 夢 *

神も悪魔も信じてはいないがあたたかい罪と罰とは欲しいと思う





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

遥かかなたへ機影の過ぎて森の湖(うみ)葉の降りてくる斯くおびただし
「戦闘開始」と言いて子は発てりまた一週の病院勤務


  横 浜 大窪 和子

「ミワの目がきらきらして来た」といふポール立ち直る子か胸あつく聞く
エノラ・ゲイの機長逝きしと小さき記事新聞にありしばし見つむる


  那須塩原 小田 利文

恣に遊びやらむと待ち待ちし週末となりて熱出す汝は
SFにあらずニュースに聞く言葉闇サイトまたサイバーテロなど


  東広島 米安 幸子

歩きながら友と電話に話すうちにいつしか視線高くあゆめり
木の間隠れにひときは赤きもみぢ見ゆ呼ばるる思ひに草分けてゆく


  島 田 八木 康子

ああこんな語彙もあつたとなつかしく「言葉の淘(よな)げ方が足りない」
戦死の友を悼みて植ゑし彼岸花矢勝川の土手一面に



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

かの月を仰ぎつつ思ふほしいままに人往(ゆ)き来(き)せむは次の世紀か
わが生(せい)ののちになるとも月面に最初に立たむ日本人は誰か


  東 京 佐々木 忠郎

「一周忌までに智恵子の遺歌集仕上げます」息子の電話に妻涙ぐむ
歌にはとんと関心なき息子が冬の夜を智恵子の遺詠拾ひをらむか


  三 鷹 三宅 奈緒子

この年の終りの薔薇と香りたつ園ゆきゆきて人をこほしむ
ユリノキの黄葉の乾き落つる音年々にここに聞くもいつまで


  東 京 吉村 睦人

忙しきわれと思ひてその夫の死をも知らせざりし妹
戸塚公園をめぐりて来むかゼームス坂まで行きてみむかこの空き時間


  奈 良 小谷 稔

ひとたびは上京し組織を守らむときほひしことも過ぎて十年
終刊責むる手紙保ちて十年かかの人々も多く亡き人


  東 京 石井 登喜夫

救急車を呼ぶべき吐血なりしことひと月を経て知りておどろく
昼すぎの翳なき道に杖つけば祖父の声父母の声こもごも聞こゆ


  東 京 雁部 貞夫

帰らざる覚悟に自ら墓建てて樺太目指しし間宮林蔵 常陸国・専称寺にて
陰多き林蔵の一生も思ふべしフォン・シーボルトを密告したる人物として


  福 岡 添田 博彬

三分間踞りて歩き得ると言へ半年前のごとくにはあらず
腫瘍影小さくなりしは現実にてクールの後も続くるべきか


  さいたま 倉林 美千子

去にし世のたれか並べし石走(いはばし)を渡らむよ溝蕎麦の花も濡れゐる
すがれゆく畑と言へど盗みしは君ぞわが手に稲淵の茄子


  東 京 實藤 恒子

クレーターあまたある月より見る地球まこと美しき地球といはむ
のぼり来る青き地球は鮮やかに相争ふは見ゆべくもなく


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

ふるさとに伝はる巨大炭化籾丈三糎は古代の突然変異か
落花生の倍の籾粒炭化して虫穴二つまざまざとあく


  小 山 星野 清

断りて受話器置きたるわが声のいたく刺あるさまにおどろく
交換せむ臓器のためにクローンの人間を飼ふか小説なれど


  札 幌 内田 弘

セギノールの一打に総立ちの札幌ドーム吾もスタンドに響(とよ)みゆきたし
夕光の及びて路地の吾が影を跨ぎて人等絶えまなく行く


  取 手 小口 勝次

吾が探す二人の歌碑は寺の奥潜まる池のほとりに見付く
文明と茂吉の二首は一つ石の左下右上に彫られて珍し


先人の歌


『続青南集』土屋文明  「やまとの国」 大和恋




 2008年1月20日、「新アララギ」新年会の懇親会で、「大和恋」の話がでた。
「大和恋」は土屋先生のこの「やまとの国」一連の中の小題であるが、小谷稔の第三歌集名として用いられ、倉林は第三歌集「風待つ翼」の小題として採りいれた。万葉集の故里大和は私たちの永遠の故里でもある。


立ちかへり立ちかへりつつ恋ふれども見はてぬ大和大和しこほし
古へを時に貴み時に貶しこの国山川にかかづらひ来し
山も川もうつるといへど言葉あり千年を結ぶ言葉をぞ思ふ
この国をしのび寄り来て共に歩み過ぎにし人らよ老いし我等よ
上村君老いていよいよ頑固なれど君ありて我が見得し大和ぞ



 「上村君」はアララギ歌人上村孫作、大和の資産家で土屋文明の万葉紀行を大いに助けた。同じ大和の小谷稔もこの人に親しんだ筈である。文明は没年の平成2年9月号のアララギ誌上、上村孫作遺歌集を手に「相共に九十年をめざしつつ早くも君はたふれ給ふか」を、最後の一首とし12月8日に亡くなった。
                     

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