作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年5月号) < *印 新仮名遣い>


  千 葉 渡邉 理紗 *

どすどすと廊下を歩く母親の苛立つ理由に焦る夕暮れ



  大 阪 目黒 敏満 *

愛されることに喜ぶ二〇歳愛する喜び知る三〇歳



  高 松 藤澤 有紀子 *

据えられし棟に見入りてこの土地に生きゆく覚悟いよよ固まる



  宝 塚 有塚 夢 *

夜未だ明けざる闇に見つけたる安堵の光は始発の電車





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

今はもう住むことのないこの家に階段上(のぼ)ればかの日のつぶやき
夫が弾く曲にまたわが弾く曲に誘い誘われ増えゆく調べ


  横 浜 大窪 和子

国交正常化せしのち拉致の被害者を自力で捜す手立てはなきか
新たなる発想の転換こそ出でよ六十年変はらぬ北方領土に


  那須塩原 小田 利文

コンビニの角を曲りて見えずなりぬサイドミラーのなかの夕日は
今し方轢かれしものか猿の子の閉ぢし眼にうつすらと雪


  東広島 米安 幸子

釉薬の熔け固まれる登り窯に触れつつ無性に焼きたくなりぬ
土を捏ね涙壷ひとつ登り窯に託してみたし火を吹く窯に


  島 田 八木 康子

紫を好みて植ゑし亡き伯母の庭を覆ひて蔓竜胆咲く
幼くて見つめゐたりき自家用に搾る醤油の赤き輝き



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

赤彦の墓より下に長男の政彦の墓はしよんぼりと立つ
赤彦の墓の真下までビルは迫り諏訪湖も見難くなりて驚く


  東 京 佐々木 忠郎

立春の今朝は冬ざくらも色増して木蔭に立てる妻の若やぐ
杖つきて冬ざくら仰ぐ足もとに驚かすなよ蟇が来てゐる


  三 鷹 三宅 奈緒子

雪山の今朝うつくしと人言へど高層ビル囲む部屋のわが日々
一生(ひとよ)賭くるテーマ得たしと若き日に苛らちゐたりき過ぎて茫々


  東 京 吉村 睦人

うつ向きて咲ける貝母はわが思ひ知れるがごとくかすかに揺らぐ
一生懸命声に出だせどこの幼ないまだ零歳言葉にならず


  奈 良 小谷 稔

杉の間を洩れ降る雪の音たてて吾をつつめり峠の上に
媼一人住む冬野にはかりんの実落つるにまかせ腐るにまかす


  東 京 石井 登喜夫

何か忘れてゐるとぼんやりしてをりぬ四五分(しごふん)前は何をしてゐし
懊悩におのれみづから焦がしつつ夜(よ)をおそるるに夜(よる)はすぐ来る


  東 京 雁部 貞夫

一心不乱に己の顔をこすりゐる猫すら明日の雨天を告げて
外(と)に立てば今宵はまさしくおぼろ月明日の山行あきらめよとぞ


  福 岡 添田 博彬

その時は誌名をギララアと変へむ決意なしたるままに十年過ぎぬ
ベンチあるのみなる園に犬連れて寄りしを咎めむ顔に会ひたり


  さいたま 倉林 美千子

ひそやかに窓打つ雪を聞きて眠る遠く赴き会はむ日近し
砂山に風はすさむかこの度はおのれ清むるために登らむ


  東 京 實藤 恒子

講座二つ十年となり六年となるいよいよ心引き締めゆかな
台車にてアララギ四十余年分を運びて並ぶ白き書棚に


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

ふるさとより西へ三里の河川敷巨象が化石に足型のこす
財政再建いふはいにしへもまたおなじ皇子の陵小さくすがし


  小 山 星野 清

増えゆかむ二酸化炭素も見込みつつなほも地球の寒冷化を言ひき
温暖化するもせざるも日本の食糧危機は常の現実


  札 幌 内田 弘

交叉するヘッドライトが雪のなかに斑の影を次々落す
缶ビール飲みつつ芝に寝転びて午後より俄に充実したり


  取 手 小口 勝次

温暖化進む世にして久々に諏訪湖の御神渡り聞きて喜ぶ
徳利の酒を差しつつ差されつつ古里諏訪を神田にて語る


先人の歌


土屋 文明 歌集『青南集』より




春山はけぶり立ちたる若萌の下ゆく道に上着を脱ぎつ
心よわく草の陰木の下にひそむとも蝸牛ほど甲(よろ)ふにあらず
人類の滅亡の後に残るかも知れぬかたつむり憎むにあらず
人間の恐るる雨の中にして見る見る殖えゆく蝸牛幾百
白き人間まづ自らが滅びなば蝸牛幾億這ひゆくらむか
                     

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