作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年11月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

僕だけに預けてくれたあの季節切り抜かれたる写真は今もあのまま



  倉 敷 大前 隆宣 *

叔母の仏事に集う親族談笑す一時楽しと思いはするが



  高 松 藤澤 有紀子

窓辺より吹き込む風に驚きて見上ぐる空の思わぬ高さ



  宝 塚 有塚 夢 *

生徒らが目を輝かせながら一心に我を見る時みなぎる意欲




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

海に沿い歩みあゆみて一つ島へ夏草刈られ匂いたつ道
皿洗う手ももどかしくペンを持つ言葉となりて生(あ)るる予感に


  横 浜 大窪 和子

爆弾の庭に落ちしは昭和二十年一瞬に南部の家は壊えき
ビルの間に旋回長き椋鳥か群れより二羽がふと離れたり


  那須塩原 小田 利文

梅干を射れ来し器に缶ビール入れて送りぬ故郷の兄に
ワイパーを最高速にして保つ視界蓮田の花の紅滲む


  東広島 米安 幸子

薄明に青き尾をひき星流れ逝きし児還る盆とおもひぬ
み葬りを手伝ふ人らの笑ふ声を悲しく聞きし父逝きし日は


  島 田 八木 康子

わが先祖が廃仏毀釈より救ひ来し先手観音盗られしニュース
ヒロシマと同じ威力の原爆が世界に四十万発ある現実



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

いくらかは子らの運命も変りけむ薬害に妻の死ぬこと無くば
子ら四人の並びて寝るを見おろして「しあはせ」と言ひきかの夜の妻は


  東 京 佐々木 忠郎

安定せぬ血圧は父よりの遺伝とぞ思い做(な)しか老いて顔も似てきぬ
浮腫む足揉みつつ願ふ移転前に紺屋町の発行所是非是非見たし


  三 鷹 三宅 奈緒子

六月の樹々に六月の花咲けど時は無残に過ぎてかへらず
「国体の護持」と忘れゐし語彙に遇ふこの語がかつて持ちゐし圧力


  東 京 吉村 睦人

北極の氷が崩れ落つる様眠らむときにまた目に浮かぶ
人間の国家のエゴが人類の地球エコを破壊してゆく


  奈 良 小谷 稔

時置きて揚る噴水ある時は風に吹かれて一方(ひとかた)に落つ
暑き日の届かぬ森の流れには鴉浸かりて長く動かず


  東 京 石井 登喜夫

耐震診断が思いがけずわが施設入りにつながりゆくに言葉失ふ
この家に終の日までといふ願ひ身勝手なのか侘びしともわびし


  東 京 雁部 貞夫

校正の合ひ間に出で来て一服す移転迫りし町の角にて
モノクロのフランス映画を今宵見るギャバンもドロンも煙草くはへて


  福 岡 添田 博彬

吾と歩くは既に見限りゐる犬か靴履きて立つに今日尾を振らず
腫瘍マーカー続けて動くに甲斐のなき心配りす吾は医なれど


  さいたま 倉林 美千子

蓮池の花を葉を一斉に乱しつつ渡り来る風に今日は真向かふ
重なりて落ちし蓮(はちす)の花びらを乗せてその葉のゆらぐことなし


  東 京 實藤 恒子

めぐりゆく靴音ひびく無言館と己きづけり寂し過ぎぬか
戦ひの残酷を鋭く告発す家族五人の団欒の絵は


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

入院を明日に延ばして評をする君の声最後列の吾までひびく
交差点井手は幼き先生が預けられけんぽ梨拾ひしところ


  小 山 星野 清

東京湾またぐ道路が成りてよりはや十年か老いはたちまち
浅きパンツに腰の入れ墨を覗かせて前行くはああ日本のをとめ


  札 幌 内田 弘

シベリアを越えて飛びゆく飛行機に時(とき)戻りつつウイーンを目指す
ロシア上空忽ち過ぎて紛争のアゼルバイジャン飛び越してゆく


  取 手 小口 勝次

鰻重に熱燗わづか注ぎかけ蓋を載せしばし黙して待てり
「酒に酔ひて安しといはむ」と赤彦の詠むほど吾はこのころ酔はず 


先人の歌


土谷 文明『青南集』より

人類の滅亡の後に残るかも知れぬかたつむり憎むにあらず
苔に降る雨の中には伸々と角をふり行くこの蝸牛(ででむし)ども
人間の恐るる雨の中にして見る見る殖えゆく蝸牛幾百
白き人間まづ自らが滅びなば蝸牛幾億這ひゆくらむか
戦に人間ほろびし島原に諸国の人間集りきといふ

                     

バックナンバー