作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成20年12月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

「待ってない。今来たところ」という君の傘の先から雫乾きぬ



  高 松 藤澤 有紀子

実習生の我を先生と慕い寄る子に励まされしこの一か月



  宝 塚 有塚 夢 *

低く地を這うようにいく赤とんぼどうせ飛ぶなら空高くゆけ



  武蔵野 坂本 智美 *

ヒトならば分かり合えないことはない指導教授の最期の教え




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

階下には眠れざる母われもまた眠れぬままに更けてゆく夜
一学年ひとクラスなる学校の庭のめぐりは蕎麦の白花


  横 浜 大窪 和子

上空を疾き風ゆくか奥大日の山巓にすずしき風雲かかる
手の中のグラスが夢に割れしこと甦る朝心あやふし


  那須塩原 小田 利文

吾が家を得し喜びに草を引く幾日ぶりかに晴れし朝を
幼子が今日拾ひ来しドングリを新しき家の灯の下に見つ


  東広島 米安 幸子

力込め捏ねゆく陶土の固さ取れ手にほのかなる温もり伝ふ
工房に土と向かひていつしかに身は熱くなり喉は乾けり


  島 田 八木 康子

何とかなる何とかなるとこれからも唱へむせめて寝につく時は
生きてゐる証しと思ふ日もありぬ憂きも病も老いゆくことも



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

ああこれも日本の姿かマンガ本読む若者ら優先席に
支払ひて店出づるときふと思ふ有毒米を食ひしにあらずや


  東 京 佐々木 忠郎

度忘れして辞書引くことの多くなり重たき卓上版広辞苑扱へずなりぬ
金輪際(こんりんざい)電子辞書など用ゐぬと我を張りしものを老には勝てず


  三 鷹 三宅 奈緒子

熱き心寄せて励みし幾人(たり)を思へどときのただに過ぎたる
支笏湖歌会の直後に胸痛を訴へきそれより夫は起てず終りき


  東 京 吉村 睦人

君病みています病院はいづこならむ列車は今し茂原を過ぎぬ  古山蔚氏
転びしと全身泥まみれで編集会に遅れ来たりしことのありたり


  奈 良 小谷 稔

明日香路の棚田の道に車あふれ彼岸の今日晴れ彼岸花祭
飛鳥川をはさみて棚田相対ひ畦埋めて曼珠沙華の花相対ふ


  東 京 石井 登喜夫

クンタ・キンテの「ルーツ」を思ひ浮べつつ人種差別よりわが目放たず
乗車口・座席に区別あるバスのなか準白人の日本人われは白人の中


  東 京 雁部 貞夫

歌作る力存分に養ひて観潮楼歌会開きし鴎外漁史か
西欧渡りの先端知識と渡り合ひし左千夫の蛮勇われはたふとぶ


  福 岡 添田 博彬

退屈し新聞読むに気付きたり幾らか気力戻りし吾か
CTに変化見えぬを良しとして月々の吾が受診は終る


  さいたま 倉林 美千子

隣ベッドにいたはる声のやさしきを残る左の聴力に聞く
病室のいづこの窓にか人をらむ月の砂漠を思ふか人も


  東 京 實藤 恒子

月々を通ひし日比谷公会堂N響草創期の会員われは
力強きリズムに一途に感応せし己が青春の一夜忘れず


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

外交機密といへどもいまや隠し得ず「核持ち込ませず」の重き一項
核持たず自国自衛が果せるかあやふき問ひを自らに問ふ


  小 山 星野 清

冷静に思へば叶はぬも道理なりわが体力とこの本の嵩
いそがしき日々の暮らしは体力の衰へによるとあはれ気づきぬ


  札 幌 内田 弘

時空超えかの『遠遊』を思ひつつドナウの流れを今日下りゆく
教会の尖塔越えて朝茜差し来るウィーンは未だ眠れり


  取 手 小口 勝次

発行所の移転物件調べむと地図持ち傘持ち神田をめぐる
このビルの一室は良しと呟きてお玉ヶ池ありし町にも来たり


先人の歌


吉田正俊『淡き靄』 昭和52年「師走」10首中6首

いつのまに散り尽したる沙羅の木か自らなるは何もかも安けし
あたたかき今年の師走三椏の蕾にすこし黄のさして見ゆ
木枯のをさまりゆきしゆふまぐれおだやかに牛蒡煮ゆる匂ひす
月々に五首ぐらゐにしかならぬ感動をはかなみながら年暮れむとす
ああさうだつたかと時経て思ふばかりにて茫々として日の過ぎてゆく
書取といふ授業ありたり耳遠くなりたる今になつかしみ思ふ

吉田正俊…明治35年生。若くして正岡子規、斎藤茂吉の作品に親しみ、大正14年アララギ入会。土屋文明に師事。後にアララギ編集委員選者。平成5年、91歳にて没。新アララギでは現在、「吉田正俊作品合評」を毎号進めている。

                     

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