作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成21年6月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

携帯を必死に操る隣の子夢中な君より画面が気になる



  高 松 藤沢 有紀子 *

新しき道の手前で立ちすくむ我の背を押す春風よ吹け



  宝 塚 有塚 夢 *

そのコートすごく春だねと言われスプリングコートをひるがえして着る



  武蔵野 坂本 智美 *

春めいた匂いで目覚める休日は学生時代の夢ばかり見て





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

小さなる段差をおりるよろこびに体弾んでこのおさなごは
車窓より日ざしは膝にあたたかくこの感覚もああ久しぶり


  横 浜 大窪 和子

労働規制緩和せしのち命さへも自己責任とする国家とは何
養子縁組を考へるといふ娘のことば諾ひ聞きつつ心騒立つ


  那須塩原 小田 利文

五十歳迎へし朝新しきネクタイピンを妻より受けぬ
卒園の日の近づきて山羊を飼ふ檻より今日は離れさりしと


  東広島 米安 幸子

片膝を立てて半身を捩りつつ心身の自在とりもどしゆく
ペンを置き机を離れし二時間のヨーガに視力の蘇りきぬ


  島 田 八木 康子

妻の介護の始まる予感に脅ゆるか見しことのなき伯父にうろたふ
冷蔵庫に収まらぬまで買ひつのる妻を語りて声をつまらす



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

帰化種なるたんぽぽの花をわびしめど足止めて見る元日に咲けば
散りし桜ひとすぢになり漂へり神田川疲れてわが渡るとき


  東 京 佐々木 忠郎

飽きもせず桜ばかりを眺むると孫ら来るたび爺を揶揄する
月に一度妻の墓参の帰りとて吾が家に泊まる子と酒を酌む


  三 鷹 三宅 奈緒子

二十七忌よと人の言ひ来てこの年も過ぎてよりおもふ三月六日
ともにゐし十二年ははるか住みし家もその庭もなしさやぎし竹も


  東 京 吉村 睦人

父の名は幸夫なりしが一生に一日(ひとひ)たりとも幸のありしや
喧嘩早き父にて息子に「睦人」と付けしと母より聞きしことあり


  奈 良 小谷 稔

卒業後も学生服にてしばらくを勤めし感傷を今なつかしむ
歌のため職やめて上京したる日よ貧しくも希み叶ふ代なりき


  東 京 雁部 貞夫

「名機ライカよく見たまへ」と颯爽と銀座に働きし君四十歳   石井登喜夫氏
ドイツより入荷したての一台と手にとらしめきライカM3


  福 岡 添田 博彬

灯点けテレビを点けて眠る妻吾よりのどかに育ちしならむ
尾を振りて部屋を出でゆく老いし犬わが知らぬ喜びに生きてゐるらむ


  さいたま 倉林 美千子

「人は誰も一人」と言ひて石手寺に佇みいましき春寒き日に
「同行二人」の笠持つ人を見送りて朝霧に紛れゆくまで居りき


  東 京 實藤 恒子

弱者へのシンパシーに溢るるをその狭隘をわが見据ゑゐき
子規の食欲を調べ始めしが捗らず代つてくれないかと電話たまひき



(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)

  四日市 大井 力

ふかぶかと皺を眉間にきざみ込む祖父より承けしか強情もまた
遺言もなき父の死を荘厳といひし叔父の言葉いま分り来ぬ


  小 山 星野 清

日程はわれに合はせて行かむといふかつての児らも高齢者なり
やすやすと二年の先の会ひを約し別れを言へり元生徒らは


  札 幌 内田 弘

汗出でて生きゐる実感額(ぬか)にあり哀しき感情を押し流しゆけ
加速して忽ち淀みに隠れゆく鯉の保身も哀しきものを


  取 手 小口 勝次

女学生と赤彦霧ヶ峰に登りしは女子の登山のはしりと伝ふ
小学校教師の赤彦と中原静子のなりゆき今に読みて痛まし


先人の歌


石井登喜夫『朝の鐘』 「初期作品集」より

病み臥してわびしき時に学帽の汗の臭ひのしたしかりけり  昭和十九年
たたかひに出でたつ友は病む吾に生き残れよと励ましくれぬ
雪を掬ひわれの額に置きながら珍しく母は涙してをり  昭和二十二年
停電となりし夜更けに蝋の灯をかざしつつ逝く父を見守る
父の葬りに父の袴をつけたれば吾にいくらか丈がみじかし
涙ぐみ吾は見てゐつ今売りしばかりの本を友が買ひたり

*『朝の鐘』は平成17年に「新現代歌人叢書4」として短歌新聞社より刊行された歌集です。

                     

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