作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年4月号) < *印 現代仮名遣い>


  宝 塚 有塚 夢 *

吐く息の白さが上にのぼりゆきそのまま雪になるのでしょうか


  千 葉 渡邉 理紗 *

公園の木につかまりて背を伸ばし腰痛持ちをあなたは隠す


  大 阪 目黒 敏満

いつまでも夢追ふ者にて有りたしと思へど今なほ吾に夢有りや


  高 松 藤澤 有紀子 *

「行かないで」と母を求める病いの子を背に打ち捨てて仕事へ急ぐ




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

ケアハウスの窓辺に一点きらめくは机に向かう母のともしび
今はもう住まずなりたる家の庭雪ふみて切る薔薇のつぼみを


  横 浜 大窪 和子

をさなごを引き受け育てむこころ決めし二人よ受けし愛をつなぐと
乳児院の児のもとに繁く通ひつつ喜び憂ふる娘を見守り来ぬ


  那須塩原 小田 利文

反応の乏しと思ひゐし吾が子が声出して拍手すイルカのショーに
かかる歌の評価もあるかと驚きぬ「あからさまなる私情の表現は下品」


  東広島 米安 幸子

拭き終へし窓に雪雲動きつつわれに行動を促すごとし
雪雲の割れてのぞける青き洞に幼の笑ふ声が吸はれぬ


  島 田 八木 康子

身に迫ることには触れずたわいなく声立て笑ふ会に安らふ
場を沸かす一人欠けてもまた次がすぐに現れ集ひ安けし



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

冬の波今はしづかに寄する湖(うみ)下駄スケートにすべりし日恋し
これの世に九十年近く長らへてつひに女人は妻ひとりのみ


  東 京 佐々木 忠郎

歩道より車道へ吾の転びし時往来(ゆきき)の車つぎつぎ止まりてくれぬ
轢かれなば今頃あの世と言はれつつ右手指二本包帯巻かる


  三 鷹 三宅 奈緒子

つねにつねに追はるる心に過ぎて来て何を遂(と)げしやこの一年に
わがために鍋いつぱいにポトフ煮てその夫嘆きて汝(な)は帰りゆく 


  東 京 吉村 睦人

今までの五分の一の部屋なれど土屋先生の菩提樹の鉢置き窓からは富士山が見ゆ
住みてゐし家は早くも毀たれて更地となりしことを伝へ来


  奈 良 小谷 稔

兄一代にて祖よりの田畑ことごとく荒れ果てたりとみづからを責む
兄ひとりの力を超えし何者か山林を田畑をかく荒らしたる


  東 京 雁部 貞夫

飛騨の友のたまひし山野草水培(か)へば花保ちつつ冬超えむとす
自らその葉小さくなりゆくか草木といへど冬凌がむと


  さいたま 倉林 美千子

祝戸を目指す山路に顧みる何処か水の音のぼり来る
飛鳥川に沿ふ刈田より立つ煙雲に届きて少し乱れぬ


  東 京 實藤 恒子

多くの兵の魂魄ただよふか硫黄島擂鉢山そがひの豊旗雲は
オレンジに輝く水平線上に六分二十五秒の日食近づく


  四日市 大井 力

手術する甲斐なく転移の広がるを知らず退院をして来し姉か
授かりし姉への時を告げ得ざる重き科いま弟犯す


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  小 山 星野 清

新聞を作るやからは未生にて十二月八日さへただの日となる
恐ろしきまでの虚構を積み重ね秘めて約束を交はし来し国か


  札 幌 内田 弘

雪融けて光る舗道(いしみち)の勾配を辿る間もなくマンションの影
平凡に流れて凍る川の面冬の日差しに水滲みくる


  取 手 小口 勝次

朝に渡り夕べに帰るふれあひ橋今年の日直終へて安らぐ
夕暮れて街の灯ゆらぐ神田川の水の面見つつ一つの夢追ふ


先人の歌


痛み去らぬ患者を慰め帰る宵白き燭のごとくユッカ咲きをり
気管支造影されふらふらと帰り来し処女は答へずベットに臥したり
訴ふる明るき声の処女にて唇汚さずバリウムのみぬ
浄化空洞知らざる医師を蔑めど吾より地位ある療養所長
防御衝立の影より治療器を操作しつつ時折伸び上がり患者を覗く

添田 博彬『救急小詠』より

この作者は医師であり、新アララギ選者。先般惜しまれて死去。歌は初期のものであり病院勤め時代のもの。職場詠であるが、人に向う姿勢の温かい人であった。歌も初期から温かい目の感じられる歌が多い。

                     

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