作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年6月号) < *印 現代仮名遣い>


  大 阪 目黒 敏満 *

「ゴチュウモンノオトリヒキヲ・・」と言ふ機械残金見られて笑はれしやうな


  高 松 藤澤 有紀子 *

児らの目に涙見つけぬああ我は彼らの心の中に居たるか


  宝 塚 有塚 夢 *

今日の夢が予知夢のように具体的それはつまり私の望みで




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

楽譜一つ携えて行くふるさとよ日あたる部屋にピアノが待てり
足いまだ椅子よりとどかぬわが写真弾くは紛れもなきこのピアノ


  横 浜 大窪 和子

よく耐へてここまで来しと夫の言へどこの小企業いまに危ふく
事業のこと突き詰めて話しこむときに自責の表情を子は浮かべたり


  那須塩原 小田 利文

妻と語る「単身赴任」の意味知るや声を出さずに菜月泣きをり
賜りし昇進の内示断りぬ子育てに未だ吾が手離せず


  東広島 米安 幸子

三月に雪おもおもと降りこめて空ゆく地をゆく物音の絶ゆ
暖かき二三日ありて今日の雪花芽もわれも身の竦むのみ


  島 田 八木 康子

わが町に一軒残る映画館奈落を取材のライトが照らす
今日が終(つひ)の上映となる「みのる座」に監督の山田洋次氏も居り



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

少年の時より死後の「無」の世界に苦しみたりしに今は恐れず
死なむ日の近づけばその恐怖よりおのづと離るる心となるか


  東 京 佐々木 忠郎

迂闊にも車道に転びし手の怪我癒え正月七日選歌に掛かる
左千夫先生「願くは私心を去れ」と記されし「阿羅々木」創刊号をゆめ忘るまじ


  三 鷹 三宅 奈緒子

花ついばむ鵯(ひよ)を亡き父と見てゐたるかのときを恋ふ幾たびか今に
文鳥飼ひてよるべなかりし十年の吾にたふとき年月なりし


  東 京 吉村 睦人

幼稚園にて次々言葉を覚えくる今日は「口チャック」「ぢぢ君(くん)」「一日一善」
その母の前にては「おぢい様」と言ひ二人だけになれば「ぢぢ、ぢぢ」と言ふ


  奈 良 小谷 稔

わが町にも日を経て知られし孤独死あり老老の介護はまだ幸せか
病む妻の介護を尽くしその妻より先に逝きたる友を忘れず


  東 京 雁部 貞夫

西本願寺の財を注(そそ)ぎし中亜の踏査記録つひに手にせり『新西域記』
上下二巻重さはおほよそ十キロか大谷光瑞の自署清らかに


  さいたま 倉林 美千子

思ひつきか節約か子は育ちたる古家に眠ると帰り来たれり
隣室に帰国せし子ら眠る夜半雪となりたり吾も眠らむ


  東 京 實藤 恒子

四十年むかしに君の担任の生徒がわたしの講座にいますよ
人はみな見えぬ絆に繋がりゐるをわが講座に知るたのしからずや


  四日市 大井 力

誰も言はぬわが生れ日に先がけて寒あやめそして黄梅の花
ふるさとの雨乞の丘より移り来し蕗の薹年どし匂ひ衰ふ


  小 山 星野 清

みどり淡き地衣まとふ岩を窓に見つつ列車はノルウェーの峡深くゆく
わが窓に日の差し来ればフィヨルドの崖より空に高く虹立つ


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

暮れ初むる街を見下ろし昇り行くクリスタルビューの鮮明となる
夜の灯のこぼるる舗道煌めきて表情変へつつ街を隈どる


  取 手 小口 勝次

国の借金一人当り七五○万円わが国の格付けワンランク下げらる
国債の信用度は中国を下回りここにも斯界の差を生じ初む


先人の歌


ふるさとにて

もの食ひてこころなごまむふるさとに幾年ぶりか旅のごとく来て
恋ひ恋ひて帰り来し吾にあらなくに街のとよみの様変りたる
駅まへのかはりし町をゆきすぎて昔のままの家居いづくならむ
ふるさとの名も忘れたる町をゆき茂る木立に思ひをぞする
帰り来て冬日あらはに照れるさへさびしとおもふ低き家並

 *吉田正俊歌集『草の露』(昭和58年)から抄出 

                     

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