作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年8月号) < *印 現代仮名遣い>



  丸 亀 日向野 麻季

ドアの外に足音ひびかせ来る者に独り怯えた日々終りたり


  藤 枝 小澤 理恵子

父在らば誰よりも喜びくれしならむと墓前に華那子の卒業を告ぐ



  大 阪 黒木 三都

降り急ぐ雨にきらめく町並みは長子生まれしその日のごとく


  高 松 藤澤 有紀子 *

我が知らぬものが見えるか高さ六十センチの車椅子より見ゆる世界は



  宝 塚 有塚 夢 *

髪止むるバレッタはじけて床に落つ蝉の抜殻のような形に




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

麦の穂のいろやわらかく伸び立てり我にひたすらなる時ながれて
ゆたかなる木立を池の水の面(も)をわたりくる風カーテン吹き上ぐ


  横 浜 大窪 和子

ともかくも夕餉にビールの杯合はす心憂き一日の仕事を終へて
苛立ちて同じステップを繰り返す君に知らざりし表情を見る


  那須塩原 小田 利文

さ緑の林を渡る風ありて子と吹かれをりねむの木村に
うつらうつらしてゐし菜月も起き出でて賑やかとなる遅き夕餉も


  東広島 米安 幸子

父の刈る垣のカナメの花を集め菜那は母の日の花束とせり
保育園の友らの中に溶け込みて確かに歩む声をあげつつ


  島 田 八木 康子

山羊の餌に野のカラムシを摘みし日よ小さき弟に乳を飲ますと
ほのかなる腸(わた)の苦さよ食卓に今朝あがりたるシラスが光る



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

つひに最早行くことなけれどミンダナオもセレベスも今はなつかしき島
暗号書抱きて海に飛び込みし彼(か)の兵士は今も沈めるままか


  東 京 佐々木 忠郎

魁けて老老介護の歌集を出版せり即ち新アララギ発行所編『いのち支へて』
介護十人集歌数一千首を編集せる小谷稔氏内藤昇氏の労を敬ふ


  三 鷹 三宅 奈緒子

この川に寄せて嘆きを詠ひにき亡き友新貝雅子さんおもふ
過ぎし日々を語りあかぬに暮れ暮れて川面はいよよ靄こめて来ぬ


  東 京 吉村 睦人

短歌にはいろいろあつて構はないそれが今夜のわれの結論
失ひ来しは物質のみに非ざるをしみじみ思ふこの狭き部屋に


  奈 良 小谷 稔

三輪の道は若葉あふれて清すがし栗の房なす蕾もみどり
沿ひて下る水路に水のほとばしり田植の近し巻向の野は


  東 京 雁部 貞夫

禅定の僧に「海」の名多かりき「法(のり)の海」といふ語にちなめるか
鉄海もその上人の一人にてここより補陀落渡海を志ししや


  さいたま 倉林 美千子

今日の祈りも変ることなし外気少し動く御堂の伎芸天の前
楠の落葉の音が後ろより追ひて来る一人御寺を去らむとするに


  東 京 實藤 恒子

浅草寺は友の母君の実家にて先達の詣でわれも親しむ
五言絶句のみくじの結句は「莫作等閑看(なほざりにみることなかれ)」心してゆかむ


  四日市 大井 力

処女子(をとめご)の口醸による発酵酒いまも持てるか三輪の大神
耕牛の乳を煮詰めし保存食蘇とぞ飛鳥のまへの智恵にて


  小 山 星野 清

みづみづしき林檎を朝々食ふ日々の幸を思へり部屋のぬくとし
林檎食へばまた思ひ出づ病む兄に遠き闇市にて買ひしふたつを


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

自動ドアホームに開(ひら)けば温かき人間の匂ひ車内より溢る
網棚の中に押し込むショルダーバッグ妻よ土産も収めてあるぞ


  取 手 小口 勝次

犬吠埼の海に沿ふ道上り来て「地球の丸く見える丘」開く
犬吠埼灯台下の君ヶ浜に夢二独歩の碑を探し行く


先人の歌


柴谷武之祐(1908〜1984)

 戦後の「アララギ」土屋文明選歌欄にて、すぐれた療養の作品によって注目された歌人。その不幸な人生を背景として、純一にして気品の香を保つ、生命の輝く珠玉の作品と言える。

病むわれを誰とひこねば丘の平(たひら)草なみだてりけふも日すがら
沼のみづ琥珀のいろに光(て)る朝け一夜のわれの歎かひを棄つ
いづ方に帰らむ吾にあらなくに潮光り赤穂線の列車ゆく見ゆ
わが子夫婦尋ね来らば手をとらむその空想の一日つづく
生かしめむ為に幼きを捨てし心を三十年過ぎて許されざるか

                     

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