作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成22年12月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 黒木 三都

待ち待ちて一夏が過ぎむといふ折に次女の生まるる三十一日


  高 松 藤澤 有紀子 *

いま越えし峠の彼方よりモズの声鋭き一声さらに一声



  白 山 上南 裕 *

会う毎に吾の勤めを問う君は何欲(ほ)りて問う吾の勤めを


  宝 塚 有塚 夢 *

二十五を過ぎれば「女の子」と名乗るなとある人言えり嗚呼耳痛し




(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

刈られたる稲穂は束にくくられて日照りの道にしるく匂い立つ
寝ころがりなぞなぞを問い問われつつ咲喜(さき)の眠れりわれの眠れり


  横 浜 大窪 和子

死者と生者の見境かくも危ふきか世界に長寿を誇れる日本に
大切なひとを持たざる人が多すぎる読みしコラムの身にしむ朝(あした)


  那須塩原 小田 利文

死に近き顔をつつめる今朝のひかり感傷しつつ日除けを下ろす
夜毎聞く電話の声の愛しければ抱きやりたし家に帰りて


  東広島 米安 幸子

生口島に徒歩四五(しご)分の本通り本屋は看板残して閉ぢたり
ゆるく曲る小径に咲けるヒペリカム平山画伯は黄を尊びし(平山郁夫美術館)


  島 田 八木 康子

襟先に帯地の小切れしつらへて友は新しきシャツを売り出す
小さなる和室仕立てのショールーム帯地のハンドバッグが光る



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

生きてゐるのか死んでゐるのか分からぬとひとりつぶやく誰もゐぬへやに
追悼文誰がいかなることを書かむ今のうち読みたしと思はざれども


  東 京 佐々木 忠郎

あと十日経れば誕生月となる欲も義理もなしただ生きるべし
病む吾が君何とぞ快癒し給へよ此の世に只ひとりの先生なれば


  三 鷹 三宅 奈緒子

巷(ちまた)より出で来て吾の今日はあふ安曇野にたかく湧き立つ夏雲
しづかなる対岸と見やりゐるときに黄のカヌー不意につらなり動く


  東 京 吉村 睦人

この友はいつもわれを困らせる今日は孫の歌など作るなと言ふ
時事問題とともにぢぢ問題は今われに最も緊要なテーマの一つ


  奈 良 小谷 稔

出土せる敷石の列はまぎれなく八角形墳ぞ白整然と
棺置く台石二つは母と子か灯りの照らす石槨の奥


  東 京 雁部 貞夫

退院の近きを喜び先生の肩に手触れき痩せたまひたり
たまはりし『朝の蛍』はわが宝書き込み多き改造文庫


  さいたま 倉林 美千子

タブロイド判レイアウト競技に最高点採りてより励みき二十五年を
スタッフは幾変はりして二十五年続けしレイアウト辞めむ時来ぬ


  東 京 實藤 恒子

相談役の弟は山笠の先頭に甥は担ぎて唯に競へり
神幸祭に関はるも父子二代にて六十余年振りに山笠に添ふ


  四日市 大井 力

つぎつぎと椋鳥を収めゆく葉群空に茜の極まれるころ
数減りし薊の花の連想の果てはふるさとそして亡き父母


  小 山 星野 清

運ばせて病院の枕元に並ぶ本に画集『セザンヌ』が今日は加はる
退院してもう一度本が読みたいと言ひゐし兄よ翌朝逝きぬ


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

熱帯夜のベランダに届くケイタイのメールは優しき絵文字が二つ
十年を住みゐるマンションの人らとのガス管のみの繋がりあはれ


  取 手 小口 勝次

夏にして湯浴みの客も疎らにて苗場にゆつたり雲の揺蕩ふ
鉄幹ら歌会の仲間十余人泊まりし法師温泉のこの部屋広し


先人の歌


土屋文明歌集『山下水』より

この朝夕

遠き島に日本(につぽん)の水恋ひにきと来(きた)りて直(すぐ)に頬(ほほ)ぬらし飲む
亡(ほろ)ぶとも湧く水清き国を信じ帰り来(き)にしと静かに言へり
夜(よ)もすがらひびく水の音近々(ちかぢか)にかなしき日本(につぽん)に吾は目覚(めさ)むる
あはれなる今日(けふ)といふとも雨すぎしものの茂りは心よらしむ
ほほがしはたをやかにして白花(しろはな)の清き日本(につぽん)をただに愛(かな)しむ

*宮地伸一先生はこのたび体調の不調にて代表を退かれたが、先生に因むこの歌を引いた。昭和21年6月セレベス島より復員された先生は、直ちに土屋先生の疎開先の川戸を訪ねられた。

                     

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