作品紹介

選者等の歌
(平成24年3月号) < *印 新仮名遣い>


  東 京 佐々木 忠郎

車椅子押し呉るる介護士の相見(あいみ)さん正十一時には門のベル鳴らす
車椅子より正月開く花をと指示すれば親身になりて良き花選ぶ


  三 鷹 三宅 奈緒子

ものなべて尽くる日ありと思ひ知る短歌新聞社閉づるとふ記事
夫の遺歌集また全歌集ことごとにこの社たのみて世に出でたりき


  東 京 吉村 睦人

なんでもやつてみたがるこの幼な体験学習の時間を最も好む
新橋駅に君の営む花の店遠くより見て今日も過ぎ行く


  奈 良 小谷 稔

年々に増えゆく放棄田に苛まれ山の村にて兄の逝きたり
畳を替へ襖張り替へ喜びしその部屋に帰りぬ兄の亡骸


  東 京 雁部 貞夫

よく冷えし明日香の柿の実むさぼりぬダイオキシンの事は忘れて
香具山の麓に布袋葵を培へり水の浄化を意図せしならむ


  さいたま 倉林 美千子

年の市の賑はひを抜け息をつくスイスは暖炉を焚く頃ならむ
スイス訪はむと昨日は思ひもう無理と今日は疲れて机に眠る


  東 京 實藤 恒子

仕事より心放たむ今宵来て東京湾海底より湧ける湯を浴む
露天の湯に深々と身を沈むれば過ぎし悲しみの甦り来ぬ


  四日市 大井 力

十二夜の月のおぼろに浮ぶ空迎へてくるる旅のをはりを
五十年の区切りに二人の箸替ふるつましき充実のひとつのかたちに


  小 山 星野 清

命日にひと日遅れて一人来ぬ小雪まじれる氷雨の中を
濡れて溜まる落葉をあまた墓に拾ふ移ろひゆきし日を思ひつつ


(以下、HP運営委員の歌 アイウエオ順)


  福 井 青木 道枝 *

ポケットに手を入れあゆむ子に並びその父あゆむ冬の荒磯
プーチンの人気下火という声して画面は映す雪降るモスクワ


  札 幌 内田 弘

ま二つにキャベツを切ればすつきりとするでもないか今日の苛立ち
脱ぎし靴並べて導く少女子の項に夕日が当たりて居酒屋


  横 浜 大窪 和子

讃美歌を共に歌ひて語らへど心通はぬ会を出で来つ
心の病を科学が解明するといふ提供されし脳を集めて


  那須塩原 小田 利文

東北の瓦礫を拒む声は高し今年の漢字は「絆」に決まれど
朝に夜に纏はり付く子に如何にして告げてやらむか単身赴任を


  東広島 米安 幸子

眠りより覚めし思ひに開く目にぬめり輝き石越ゆる水
頬被りに大根洗ふ人のあり午後の日射しの傾く峡に


  島 田 八木 康子

遠き日の交換のノートひもとけば息が詰りぬ一途な我に
かなしきはひたすらなりし遠き日の交換ノートの中なる私



若手会員の歌


  奈 良 上南 裕 *

切削の後のエッジの鋭きにこれでもくらえとヤスリをかける


  宝 塚 有塚 夢 *

カクテルでもこんな色はつくれないソーダとオレンジ色の夕やけ


  堺 佃 朋子 *

帰宅電車に「文藝春秋」よむ隣人、十中八九悲しき隣人


  高 松 藤澤 有紀子 *

原発の地に大根は青々と葉を繁らせて今日も伸びゆく



先人の歌


高田浪吉の歌  (『川波』より)

息絶えし友の死骸(むくろ)よいち早く担架(たんか)にのせて(へや)より出さるる
母うへよ()なかにありて病める()をいたはりかねてともに死にけむ
人ごゑも絶えはてにけり家焼くる炎のなかに日は沈みつつ
まがつ()のみなぎりし()や明けはてて向かひの川岸(かし)に人よぶこゑごゑ
焼け死にて人のかたちはわからねど妹どちか母かと思ふ 

大正五年「アララギ」入会。島木赤彦に師事。この歌集は昭和四年に刊行された。大正八年から十五年までの歌を収める。特に震災詠は現在でもしばしば取り上げられ、高く評価されている。

                     

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