作品紹介

選者等の歌
(平成24年4月号) < *印 新仮名遣い>


  東 京 佐々木 忠郎

吾が主治医柿田先生五十三歳週に一度は診察し給ふ
白衣のまま来たりし先生お元気なり診察も亦きびきびとして


  三 鷹 三宅 奈緒子

病む夫ぎみを支へし君が苦闘の日々歌集『朝ゆふべの道』いま読みかへす
ふるさとに帰る如くに旅すると老いてひとりの旅重ね給ひし


  東 京 吉村 睦人

素枯れたる姥百合の茎なほ立てり山にあるごとく超然として
「人あらばかはす愛も自然に」と歌ひし時の先生の心思ふ


  奈 良 小谷 稔

白骨となりたる兄よ大腿骨を繋ぎし金具の放つほとぼり
弱き身に農にいそしみ放棄田に苛まれ山の村に逝きたり


  東 京 雁部 貞夫

妻在らば(かね)の不自由なかりしと先生語りき旅の宿りに
わが妻に(いひ)をよそひし島の朝「一寸やけるね」と本音の如く


  さいたま 倉林 美千子

「咳すな」と言はれて入りしガラスの部屋「学校放送」収録の父を見守りき
聴取の後「さやうなら」に父の京なまり真似て笑ひき男の児らは


  東 京 實藤 恒子

日に映ゆるわれらが記念の観音竹いやさかにして君と囲めり
不調続きしわれのやうやく立ち直ればどことなく君の晴れやかに見ゆ


  四日市 大井 力

去年のごと災ひ兆すか大寒を餌台に目白も鵯も来ず
幾種かの椿を咲かしめ待つものを目白も鶲も枝を揺らさず


  小 山 星野 清

大地震起こらばと恐れゐし「書籍なだれ」病みゐて在らず君は逃れき
こんな言葉をゆるしてよいかと歌誌を指し諭されし杉並発行所の頃の思ほゆ





  福 井 青木 道枝 *

海鳴りか風吹きあてて靡き伏す茅の向こうはただ霧のなか
ひとしきり霰打ちたる海べの道ほのあたたかく夕日のおよぶ


  札 幌 内田 弘

べランダの欄干の雪に鶺鴒の足跡そのまま凍りて大寒
開拓の代の大寒の風戻り冴えて()てゆく平成の街


  横 浜 大窪 和子

部屋すみにそつと掛けおく操り人形老婆はつひに魔女にならねど
遠き日に求めしアオザイにただ踊るひと日の鬱を払はむとして


  那須塩原 小田 利文

先延ばしにしてゐるひとつ家(ぬち)の放射線量を未だ計らず
視力なき君の手書きの年賀状懐かし少し乱れたる文字も


  東広島 米安 幸子

栴檀の黄なる実さはに空に映ゆ先生迎へしは花匂ふころ
大きかばんを肩に列車より降りましき宮地先生いつの時にも


  島 田 八木 康子

最上階に上がれば近々迫り来ぬ雪に輝く北アルプスが
森ふかく不意に開けるひとところ光は層をなして注げり



若手会員の歌


  大 阪

黒木 三郎


風吹きて転がりゆくが寒々し空き缶はグシャッとつぶして捨てる


  宝 塚 有塚 夢 *

「みかん、どう?」ニコニコ顔のおばさんの隣の席のこのやさしさよ


  大 阪 和久井 奈都子 *

アスファルトにひとりぼっちで咲く花よおまえのように強くなりたし


  奈 良 上南 裕 *

「君、仕事早くなったね」いや実は手を抜くことを覚えたのです


  高 松 藤澤 有紀子 *

落ちし子にも受かりし子にもあまねくも天の光は降り注ぎおり



先人の歌


宮地伸一の歌 歌集『夏の落葉』より

悪性ではないと先生に言はれたの 」と告げしはみまかる二三日前
死に近き妻の背を拭きありありと毛布の痕のつきゐし忘れず
大学へ行く子の食事のあとに来るは中学生小学生高校生の順
病のさま気づいてゐるかも知れないと或る日言ひにき妻を診しのち
壁の蔦なべて切りたり蔦の茂る家の不幸は絶えぬと言へば

歌集『夏の落葉』は短歌新聞社刊(昭和56年)
宮地伸一は大正9年生まれ、昭和15年「アララギ」入会、「アララギ」解散後「新アララギ」代表、 平成23年没

                     

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