作品紹介

選者等の歌
(平成24年7月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

慣ひなる梅林にも行かずこもりゐてほしいまま歩むはただ夢のなか
久々に出で来れば世は芽ぶきのとき大き欅また椎の並木々


  東 京 吉村 睦人

秦の始皇帝不老長寿の霊草と探し求めきこの明日葉なり
フリージャの花のかをれるベランダに常より仕事はかどりてゆく


  奈 良 小谷 稔

心決めてセカンドオピニオン受けむ日ぞ寒ざむ光る鴨川を越ゆ
もし吾に潜む癌あらばいくばくもなき残生をもろともにせむ


  東 京 雁部 貞夫

新宿の目抜き通りのシネコンに「サッチャー」観たり客は吾のみ
迫真の演技と言ふか女宰相の老いゆくさまをかく克明に


  さいたま 倉林 美千子

間なく来る吾が老いはさもあらばあれ今日友の待つ国へ旅立つ
島々を置きて瀬戸内の海は凪ぐこの国になほ恃む友あり


  東 京 實藤 恒子

万葉のけふの講座の恋の歌友ら打打発止の議論
冷えまさり煌めく星をバルコンに仰ぎて再び選歌をはじむ


  四日市 大井 力

舗装路の裂け目より吾が元に来し菫が少し色淡く咲く
三月に続きて四月黙祷のいまか菫の花に向ひて


  小 山 星野 清

人身事故沿線火災車両点検電光は止まず夜の電車に
会を終へ神田駅に来ればこの月も人身事故にて動かぬ山手線





  福 井 青木 道枝 *

こケヤキ大樹いまだ芽吹かぬその下に穢し人は我みずからも
あたらしき譜面に向かいピアノの前このしばらくは人を憎まず


  札 幌 内田 弘

音させず動き出したる列車なり加速し急に激しきその音
ベランダの柵の上に今日も来る鶺鴒お前も淋しく居むか


  横 浜 大窪 和子

円安に振れしにまたも八十円を切るか深夜のPC為替相場
原発マネーかくもバラ撒かれ居たりしか地域振興交付金と称して


  那須塩原 小田 利文

転職に備へむことも今宵のみは忘れ祝はむ汝が誕生日を
常のごと点字指導す吾が施設最後の年の始まりし今日


  東広島 米安 幸子

君を中に集まる七人春を訪ぬ奥明日香冬野竜在峠
土屋説耳我横峰ここなりと掲げたまひしをわが書き写す


  島 田 八木 康子

門前の畑一面にカモミールの咲きし古里も今は幻
小さなる予定のひとつを入れしのみに何に弾める春の心の



若手会員の歌


  宝 塚 有塚 夢 *

互いの国の言葉を第二外国語で取りし共通項ある彼女とわたし



  奈 良 上南 裕 *

今さらに不思議なること竹の子は竹より生えて竹より太し



  高 松 藤澤 有紀子 *

我よりも多くの生徒を引き連れてメダカは水そうを忙しく泳ぐ




先人の歌


宮地伸一 歌集 「続葛飾」より

鴨の群とかもめの群と近づきて交じりあふとも争ひはせず
一斉に飛び立ちしあとの一羽二羽ひねくれはどの世界にもあり
入り乱れ相争ひし雑草(あらくさ)どもさびさびと皆冬枯れのさま
日本の葛アメリカに行き森林を損ふといふも愉快ならずや
百年のちこの水辺に立つ人よ日本語はいかに地球はいかに

平成五年の作「水辺にて」より。作者の住む葛飾区はこのような水辺 が多く、散策してよく歌になっている。植物を見ても動物を見ても単なるスケツチでなく人間と同じく生命の動きをしている生き物の親しさがある。そしてアメリカに行った葛、さらに百年のちの日本語や地球に思いを寄せている。老境の自在な世界である。
                小谷 稔(新アララギ選者)

宮地伸一は大正9年生まれ、昭和15年「アララギ」入会、「アララギ」解散後「新アララギ」代表、 平成23年没

                     

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