作品紹介

選者の歌
(平成24年11月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

泣きて母にすがりし(をさな)日の面影よ晴れ晴れといまメダルかかぐる
胸に小さく十字を切りてたくましき腕下ろす一人おのがラインに


  東 京 吉村 睦人

久し振りに南瓜畑をわが見たり葉の間に熟れし実あまたころがる
南瓜畑の縁を囲める韮の畝花茎数多立てはじめたり


  奈 良 小谷 稔

心経の声流れゆく窓の外今年門田は草荒るるまま
つくづくと代変りたり兄の忌にわが知らぬ十代また二十代


  東 京 雁部 貞夫

穏やかなる刀自とばかり思ひしに吾を驚かす御歌しばしば
広島に来れば祈る吾の場所「ドーム」は昔の産業館とぞ


  さいたま 倉林 美千子

岩の平に遊びし人らなべて去り夕焼け色の波光り散る
焼きたての煎餅頬張るロンとモーリ焦げし醤油の匂ひは良しと


  東 京 實藤 恒子

製塩業に栄えし得能家の鬼瓦仰ぎてをれば潮の香のする
シャッターの下りたる街は海に尽き穏しき波を反す光は


  四日市 大井 力

沈みたる夕日が山の向うよりひかりの帯を雲に放てり
大夕焼をさまりゆきしくらがりのいづくか干物を焼く匂ひしぬ


  小 山 星野 清

遊技場に託児所あるを嘆かへば今さら何をと人は笑ふも
整理員立つ駐車場に車あふれ遊技場朝よりにぎはへる国



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

こまやかな稲の白花の吹きだまり朝を出でんと扉あければ
この言葉こころを切ると知りながら言いてしまえり昨夜(よべ)をあなたに


  札 幌 内田 弘

まだあるぞ何かあるぞと今日ひとひ生きてをります母一周忌
よみがへる一つを一人携へて夜は一人の部屋に合掌


  横 浜 大窪 和子

やり残ししことの幾つかなかんづく馬にて原野を疾駆すること
スマホ持ちひらひらと右手動かしてページを送る幼児三歳


  那須塩原 小田 利文

ひとり大きく遅れしゴールにわが菜月の姿重ねて再びの涙
四日間の講習終へ来て子と会へり単身赴任の予行の如く


  東広島 米安 幸子

(あららぎ)の深く蔭するみ墓ふたつ君は膝折り香供へます (赤彦墓所)
多くの人に読まれしことを感謝すとただひとことの清々しかり


  島 田 八木 康子

北へ一里の生家に見ざりしクマゼミが透く大き羽震はせて鳴く
じんわりと胸に降るもの久々に読む曽野綾子の『戒老録』に



若手会員の歌


  尼 崎 有塚 夢 *

満たされるとコワくなるのはわたしだけ健康も仕事も友もお金も



  奈 良 上南 裕 *

助手席の日除けに鏡のあることを汝と付き合いて初めて知りぬ



  高 松 藤澤 有紀子 *

この初心だけは忘れぬいじめられしその子を守る身を挺しても




先人の歌


立沢もり歌集 『竹煮草』 平成3年

休み時を教室に居るわれの背に工夫し合ひて上る子供ら
栗の花咲きてあかるき教室に声挙げきほひ子等の学べる
バンザイと言へば諸手をあぐる子のブランコと言へばからだゆすぶる
ふくふくとふくれて焼けしパン一つ(まないた)にのせて帰る子等待つ
雨降れば傘を争ふ子供らよ買ひやれば新しき傘を争ふ
靴汚きを怒りて夫の出でゆけばそれぞれの不平言ひ子等の出でゆく

諏訪に生れ、生涯ふるさと長野を離れることはなかった。若い日には小学校の教師をして、やがて子育てに専念する日々となる。
「アララギ」時代の東京の全国歌会にて、立沢もりさんと近い席になったことがある。昼の休憩時間には、持参された小さな弁当箱を膝にのせ、黙々と食べておられた。ひとり学ぶ姿勢を崩さないその静かなお姿が、私には忘れられない。

                     

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