作品紹介

選者の歌
(平成25年7月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

ヘルパーのいきいきと来て幼な児を扱ふがに吾を入浴せしむ
この四階に一人住み来し三十年若きらとさまざま交はりながら


  東 京 吉村 睦人

北朝鮮にて教へし子らを思ふ歌教育に分け隔て無きを示せり
行き来出来ずなりし北朝鮮を思ふ歌教へし子らを気づかへる歌


  奈 良 小谷 稔

若き友にまじりて吾のアイゼンの雪踏む音の鈍く重たし
雪の靄の冥き谷より仰ぎ見る峠ほのかに光背に負ふ


  東 京 雁部 貞夫

早起きして谷々に湧く霧見よと教へくれたる人も身罷る
この家の二階にしばしば酒酌みき下戸の不二男氏寝ねたるのちに


  さいたま 倉林 美千子

放射能漂ふ枯草の中の道トラック一台傾きて過ぐ
汚染の土を黒き袋に詰めて積む一画のあり山の窪みに


  東 京 實藤 恒子

この夕べ光ほのかに水門のあきて運河の水たゆたへり
照明の今宵の明るさ丁寧に生きむ思ひのふつふつとして


  四日市 大井 力

否応もなく人を自然を変へてゆく力をつくづく思ひてゐたり
父祖の松枯らしし跡に塩撒きて植ゑし慎の木新芽を伸ばす


  小 山 星野 清

経営は厳しかるべし時おかず金欲る記事の載る小雑誌
月々に無心にほはす記事が載る幾十年経しこの地方誌も



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

あらあらしく鋤き返されし畑土に残りてひとつ菜の花の咲く
降りたちて海のひかりにあゆみたり青き蝶のひくく先立つ


  札 幌 内田 弘

平然とオークションに「命売ります」と出て来さうなりネット販売
横顔が整ひすぎゐるこの夜の君の懺悔は嘘つぽい輝き


  横 浜 大窪 和子

ともかくも月の給与を払ひ終ふつぎて出でくる難題あれど
匂ひたつ春の玉葱きざむとき兆すものあり新しきもの


  那須塩原 小田 利文

利用者去り職員去りし施設の中庭に今年も咲けりやしほつつじは
職場閉鎖手続に巡る峡の町知らざりし滝を今日は仰ぎつ


  東広島 米安 幸子

生口島過ぎて左右の島々に藤の紫桐のむらさき
幾つもの橋わたりて船のゐる来島海峡その上を今


  島 田 八木 康子

検診に子を抱く我に駆け寄りて注射打ちくれきかの保健婦は
両隣り高層となりて朝々にベランダより降る「おはやう」の声



若手会員の歌


  所 沢 斎藤 勇太 *

何となく数年前に詠んだ詩を久方振りに見返してみる



  尼 崎 有塚 夢 *

分かり合えぬ人種というのはいるもので世界じゃなくて家族のはなし



  奈 良 上南 裕 *

日が昇り穏やかな風の背に吹けばその飾り羽をなびかせてゆけ



  高 松 藤澤 有紀子

かしましき子らも思わず口を閉ず幾千本の光にあされて




先人の歌


斎藤茂吉歌集『つきかげ』より

この体古くなりしばかりに靴履きゆけばつまづくものを
わが生はかくのごとけむおのがため納豆買ひて帰るゆふぐれ
冬粥を煮てゐたりけりくれなゐの鮭のはららご添へて食はむと
暁の薄明に死を思ふことあり除外例なき死といへるもの
茫々としたるこころの中にゐてゆくへも知らぬ遠のこがらし

 *斎藤茂吉の死後刊行された最後の歌集。老いの命の絶唱ともいうべき歌集で、最近の高齢化社会の反映か、見直されて大いに取り上げられている歌集でもある。

                     

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