作品紹介

選者の歌
(平成26年6月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

つね乱雑にものの乱るるこの部屋に仕事をひろぐ昨日も今日も
四階の部屋にて一人住み来しかその三十年をわれはいとしむ


  東 京 吉村 睦人

かなしみを花に置きかへ年々にその花を見て生きて来たりぬ
秘密保護法にて逮捕されたる夢なりき肝心なところにて覚めてしまひぬ


  奈 良 小谷 稔

はがき大のレンズ求めて半日を辞書めくりつつ独りの遊び
貸して返らぬ本のいくつか就中茂吉追悼号は買ひて補ひき


  東 京 雁部 貞夫

ウイーンの世紀末文化に学びしか円形のデザイン多用のかの陳列館
チェコの独立強く願ひてヤン・レツル宿帳にボへミア人と常に記せり


  さいたま 倉林 美千子

海に湧く霧は岬をのぼり来て木草も生き物も息を潜めぬ
海と空は分ち難くて霧暗し立ちて一人の部屋を点しぬ


  東 京 實藤 恒子

山霧と川霧の凌ぎ合ふところ今宵まれまれに踊る星ぼし
屋根の雪しづるる音して最北の十日の月に張り合ふ木星


  四日市 大井 力

福寿草とおんなじ方向に顔上げて目を瞑りたり小半時ほど
卑弥呼の祈りの解明に挑む試みか3Dに再現の神獣鏡に


  小 山 星野 清

雪国の苦労を知れと積もれるか玄関の扉を塞ぐ大雪は
玄関のテラスにまでも雪積もり長靴履きてただ立ち尽す



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

太枝の揺れて風過ぎ不意に浮かぶ祖父の顔なんのかかわりあるや
フロントガラス打つ雨の音しずまりてわが身をつつみ陽ざしのおよぶ


  札 幌 内田 弘

インチキと決めかねてゐる占ひ師今日の運勢が何故か当たるぞ
ストローで繋がる様にお前とは繋がってゐない今宵の孤独


  横 浜 大窪 和子

幼らに一人一台のパソコンかバーチャルとならむ後の世怖し
集団的自衛権とはまるでここらに戦争の起こるを待つごとき法律


  那須塩原 小田 利文

手を取り合ひ喜びたきに帰れねば夜更け鳴らしぬ妻の携帯を
パソコンの画面に妻と子の写真呼び出し一人の杯をあげたり


  東広島 米安 幸子

雲ひくく光なき瀬戸の島間に見え隠れして小船がゆけり
灰が峰より海に流るるこの川に来る鷺をよみ飛ぶ鳶よみぬ


  島 田 八木 康子

引越の荷物ほどきて収めゆく思ひがけなき安らぎの中
わが長き憧れなりき少し動けばすぐ手の届くキッチンここは



若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

会議前ポケットの中に見付けしは週末に見し映画のチケット



  尼 崎 有塚 夢 *

うっすらと手首に傷ある左手が旋律支えるアヴェ・マリアなり



  奈 良 上南 裕 *

見習いの書きし日報の字の酷さにこまめに声を掛けんと思う



  高 松 藤澤 有紀子 *

一滴たりとも未練など残すか教室の我が痕跡を懸命に消す




先人の歌


長塚 節 『針の如く』より

白埴(しろはに)の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり
唐黍の花の梢にひとつづつ蜻蛉(あきつ)をとめて夕さりにけり
右側に小さなる四角の夜の庭光はあたるCupid(キューピド)とベゴニヤの花に
垂乳根の母が釣りたる青蚊帳(かや)をすがしといねつたるみたれども
単衣(ひとえ)きてこころほがらになりにけり夏は必ず我れ死なざらむ
水打てば(あお)鬼灯(ほおずき)の袋にもしたたりぬらむたそがれにけり

                     

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