作品紹介

選者の歌
(平成27年12月号) < *印 現代仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

怒号裡に可決されしと結末をただ伝へらるるのみの我らか
「むき出しの権力の姿」と批判せる今朝の社説をくり返し読む


  東 京 吉村 睦人

自衛隊を砂漠で訓練させゐるはイスラム国と戦はせる為か
防衛産業の社長が大き鞄提げ総理官邸に入りてゆく夢


  奈 良 小谷 稔

百歳にて聞きましし「すぎゆく時のこゑ」この世のこゑか見ぬ世のこゑか
右左耳の大きさ異なると詠みましきすでに聞えぬ耳を


  東 京 雁部 貞夫

いく度もテレビは映す石下橋節の生家は至近距離なり
かの橋に近き堤防切れしとぞ広き野埋めゆく鬼怒川の水


  さいたま 倉林 美千子

一人子を亡くされしとぞその文(ふみ)を机に読みまた立ちて読みたり
眼をあげて伸べし両手を握りたり老いて一人子を友は亡くしぬ


  東 京 實藤 恒子

現政権に我慢ならぬと友はデモに出でゆく頃かあしたは行かむ
原発の汚染水は出づる儘いくさの悲惨を又もや加ふ


  四日市 大井 力

デモ参加十二万また三万の二紙報道この差まさしく思想の落差
何を信じ自らの思ひ定めむか鉄山和尚在さば問ひたきものを


  小 山 星野 清

親しみし渋き面構へまた思ふ今朝新聞に訃報の載れり
亡き友と夢に語りぬめづらしき酒を開けむと座を構へつつ


運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

太鼓の音なにか指示する保父のこえ熟れてあかるき稲田のむこう
遅蒔きの蕎麦の畑は双葉の時ほのかにひかりて花と見まがう


  札 幌 内田 弘 *

汲み置きし柄杓の水を紋白が固まり飲みて光れる晩夏
錆びてゆく瓦礫の山が雨に濡れいっ時光る彼岸の朝は


  横 浜 大窪 和子

とぢて居しかなしみの胸にひらくなりわが青春の穂高岳見ゆ
崖下の人なき雪渓に夏毛なる雷鳥遊ぶ親子はなれて


  那須塩原 小田 利文

生垣に絡む藪枯らし手繰りゆくこの夏一番の大汗かきて
藪枯らしに況して憎しも伐りし枝摑みし手を刺すニセアカシアは


  東広島 米安 幸子

指立てて忍者のポーズに五郎丸今か蹴るべく集中をせり
勇猛に押しあひ圧しあふラガーマンすかつとするまで蹴り上げもして


  島 田 八木 康子

柄杓もて汲む湯冷ましのまろやかさ友の見舞ひの屋久島の水
「無理せずに」「耐へうる限り」リハビリの加減に未だ迷ふ日々


  名 護 今野 英山(アシスタント)

大風の行きつく先に何もかも吹きだまる場所のあるやもしれず
日暮れまで原つぱに駆けし吾のごと子らは夕日の浜辺に遊ぶ



若手会員の歌


  松 戸 戸田 邦行 *

基礎工事乾くや否や新築の家々ならぶわずかなる間に
喧嘩後は敬語に変わる妻憎し明日の朝には笑わせてやる


  東 京 加藤 みづ紀 *

出社する社員を迎え並べたるいろとりどりの我が広報誌
紙に穴のあくほど幾度も読み返しなお誤りある校閲の謎


  奈 良 上南 裕 *

笹中の山芋の蔓を結びしに数歩歩けばはや見失う
己が背程の盗人萩など掻きながら山道行けば夕闇迫る


先人の歌


『落合京太郎歌集』(平成4年1月発行)より

職業が顔貌(がんばう)を変へるcasus(カーズス)にいくつか逢ひて我老いにけり
孫引せず原典を丹念に攻むる方法論我は驚きて教へられにき
土着資本に交替して素性の知れぬ資本温泉町の経済動かす
金(かね)になる物ならば選ばず買つてゆく紙幣を束(たば)ね空を来る日本人
雑草(あらくさ)の秋の茂りの塵芥(ごみ)捨場白紛(おしろい)の花をしばしすがしむ
核の傘下(さんか)に入りて兵站(へいたん)を受註して弗(ドル)を慈雨と喜んだ国だ我等は
若いと思つてゐたのに皆(みんな)祖母(おばあ)さんかでも歌はうよFair Daffodils(フエアダフオドイルズ)を
           ※ルビの文字遣いは原書に従った。

 アララギの重鎮であった落合京太郎(明38〜平3)の最晩年の作品から引いた。真似しようと思ってもできない作風であるが、透徹した眼から生まれる作品に触れることは作歌の刺激となり得るだろう。


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