作品紹介

選者の歌
(平成28年4月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

花の形によると思ひゐし(いぬ)陰囊(ふぐり)その実のゆゑと今日は知りたり
虫が来なかつたら自家受粉して確実に種子を作るといふ犬の陰囊は


  奈 良 小谷 稔

妻君を介護の合間に君の作りし糸瓜の束子白く柔らか
左側の声帯のなき喉のため惜しみつつ飲むこの糸瓜水


  東 京 雁部 貞夫

久びさに会ひ得たる君元気にてエッセイ書かむと聞くはうれしも
                   (三宅奈緒子氏を訪ふ)
樋口氏の還暦祝ふ会ならむ友の父曽根幸造の笑顔も映る


  さいたま 倉林 美千子

四つの窓なべてあかあか点る家わが影縮みその前を過ぐ
明日も判らぬ齢といへどケセラセラ十箇月先の仕事を請けぬ


  東 京 實藤 恒子

病癒え書にコーラスに溌剌と励みしものをにはかに先立つ
己が庭の梟の声を聞き止めて目覚めし夜半の寂しかりけむ


  四日市 大井 力

あやしくも雲低く西の空焦げて昭和九十年十二月八日
七十余年前のこの国のあやまちを新聞書かぬ世となり果てぬ


  小 山 星野 清

恐る恐る胸のサポーター外したる新年なりき一年を経ぬ
東京のモネ展宮田大のチェロこの年に数多よろこびを得し


運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

ひといろに枯れて積もれる針葉にひととき淡くわが影うかぶ
いずこへも道あるごとく無きごとく林ゆきゆきて潮騒をきく


  札 幌 内田 弘 *

音たててワインを飲みいる隣り部屋妻よ今宵の不満は何だ
ビニールの傘をワンタッチに開く時いきなり雷が轟く街角


  横 浜 大窪 和子

誰かれが中国の人と知ることなく(おも)合へば踊るステップ合せて
かろやかに踊りかろやかに(さか)るひと過ぎゆくものは風かも知れず


  那須塩原 小田 利文

アンパンマンが喋るゲーム機を子に贈る僅かなりとも言葉増えよと
冷え切りし車内に仮眠をとらむとし凍ゆるシリアの難民を思ふ


  島 田 八木 康子

ひたすらに幼な児のごと繰り返す一途さいまだわが内にあり
旧仮名に首傾げゐるパソコンに幼な見守るまなざしとなる


  名 護 今野 英山(アシスタント)

昼食は議論の場となり円卓に烏龍茶飲みつつ熱くなりゆく
()()(サン)茶を啜れば浮かびぬ霧深き森の奥なる胡蝶蘭の赤



若手会員の歌


  松 戸 戸田 邦行 *

玄関に向かえば家猫ついてきて肩に飛び乗り散歩をせがむ


  東 京 加藤 みづ紀 *

幼き日サンタクロースにもらいしもの思いつつ行くクリスマスの道



  奈 良 上南 裕 *

頑張っても給与変わらぬ社会主義これはわが社のことではないか


先人の歌


春になる土の喜びをさきがけてなづなの花ぞ眼を開きたる
                 昭和27年 (62歳)
春来れば春ごとの茂りゆたゆたと在らむかぎりの我が友一樹
                 昭和56年  (91歳)
春立ちしあたたかき日光よろこびて行き返りする百米ばかり
                 昭和62年 (97歳)

『土屋文明全歌集』より

 もうふた月ほど過ぎてしまったが、節分の頃には「立春」という言葉を入れた短歌をよく目にした。春を待つこころからであろう。この言葉には、とくべつな喜びが感じられる。ただ、「立春の・・・」で始まる歌や「・・・今日は立春」と終わる歌があまりにも多いと、またかと思ってしまう。その時に、土屋文明の歌集から「春」で始まる歌をさがしてみた。(「立春の」で始まる歌は無かった。)たくさん見つかった中から、三首をご紹介したい。

 読むたびに、こころが新しくされる歌である。


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