作品紹介

選者の歌
(平成28年6月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

花の中にしやがみて草取る媼たち翁らは曲がりし柵を繕ふ
シルバー何とかと言ふにてあらむ媼翁ら同じベスト着て楽しさうなり


  奈 良 小谷 稔

団地占めすでに用なき溜池の春来れば春の光るさざなみ
このグラウンドにて町内会の運動会をせし日のありき皆若かりき


  東 京 雁部 貞夫

高野山を赤く囲ひし地図残す最も訪ひたき所なりしか 義母逝く
 「パパさんはいい人だよ」と言ひくれき心許さぬ義母(はは)と見えしが


  さいたま 倉林 美千子

軋む門入り来て袋持ち替ふるかかる暮しのあと幾許か
スイスの子ら来れば古家も頑張りて二階の(ゆか)をみしみし鳴らす


  東 京 實藤 恒子

従軍記者の任務を終へて船の中に喀血し担架に運ばれし子規
須磨浦療病院の子規の診断はかなり重症予後不良とぞ


  四日市 大井 力

日に透きて靡き止まざる()(あらし)を追ひて河口に歩を運びゆく
気嵐の立ちておもむろに水動き海蔵川海に収まりてゆく



  小 山 星野 清

鬼怒川の現場の写真にまた思ふどの記者も言はざりし水の下の稔り田
試乗車を代車と言ひて置きゆきぬこの老いにそれとなく新車奨めて



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

春の水まことさらさら流れゆくこの雪はらに水底(みなぞこ)見えて
朝ふりし雪きよらかに残りいる木々の根もとを急坂つづく



  札 幌 内田 弘 *

向うから近づいて来るあの顔が記憶にあるが思い出せない
朝と夜の振幅激しき日なれば何も無いのにおろおろしている



  横 浜 大窪 和子

MRIの影像の示す腰椎の歪みわれにはよくわからねど
かくほどの痛みに耐へしことありやヨブ記のヨブを思ふ束の間


  那須塩原 小田 利文

黙祷を捧ぐる方角に那須もありて甦るかの日の二時四十六分
子には遅き吾には早きそれぞれの誕生日を祝ふ一つテーブルに


  東広島 米安 幸子

どつすんと届きし箱より香に立ちてオレンジ色のネーブルあらはる
彼岸会に節句に欠かざりしネーブルを給へば父母の恋しなつかし


  島 田 八木 康子

庭土に鋤き込む堆肥にまつすぐに応へて嬉しさうなる緑
やうやくに諸苗根付く友の庭百袋の土壌改良材に


  名 護 今野 英山(アシスタント)

銭ヶ森(ジンガムイ)の夕闇せまりて浮かびたる「(ささへ)」の文字を灯す若者
草刈に寄付金集めに走りたる若きをいつか支へむこの文字



若手会員の歌


  松 戸 戸田 邦行 *

仕事にて夜明けを迎うる事多し世間と違う時間が悩まし



  東 京 加藤 みづ紀 *

あかね雲残れる空に落ち葉したメタセコイアは鳥の巣いだく



  東 京 桜井 敦子 *

スーツ着て面接に向う中央線スピードと共に緊張も増す



  奈 良 上南 裕 *

木通を詠む君の歌など口ずさみ刃を研ぐ砥石を早もくぼます


先人の歌


落合 京太郎の歌(昭和54年作)

金の無心の手紙を持ちて使ひに来し少年我を知るは君のみ
入江蒼く波に触れ飛ぶ鷗見え(をさな)のごとく人老いましぬ
疎んじられし父の怒を見しときに我は憎みき今日の(ほとけ)
新墓地の山下かげの畑一枚わが家最後の土地と記憶す

生涯を通じ土屋文明を師と仰ぎ作歌したが、その歌は知的抒情のあふれたものが多い。
いままた読み返すと参考になる歌が多い。


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