作品紹介

選者の歌
(平成29年6月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

先生の歌ひしハシドイはこれならむ円錐花序にて白色四弁
「土屋先生の破れ傘」と言ひて差し上げて皆に見せたる茅野貫一氏


  奈 良 小谷 稔

冬越しし葱に蕾のわづか見え友はこの畑を病みて諦む
自転車にて畑に通ふも四十年か六十坪を離れずわれ八十九


  東 京 雁部 貞夫

沈黙の茂吉と活力に充ちし文明と敗戦日本の対極示す
最上川蛇行のさまのしるければ葛飾の奥戸を思ふかの雁の歌


  さいたま 倉林 美千子

声にならぬ声に呼びあひ手をとりぬ忽ち六十年の時は返りて
九十四になり給へれど吾を呼ぶその声はああ遠き日のまま


  東 京 實藤 恒子

知床に氷泥(ひようでい)生れてわが行きしバロー岬の流氷まざまざ
流氷の音を聞きつつ暁(あかとき)のバロー岬をひとり歩みぬ


  四日市 大井 力

一の師は百歳次の師九十一世を去りて残るよき歌あまた
冬の日の届ける部屋に読みつづく一月一の師二月二の師の歌集


  小 山 星野 清

単線を列車に行けば駅ごとに冷たき朝の風の吹き込む
古りし梅は大いなるうろを抱へつつみづみづしき白き花掲げたり


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

ピアノソナタ復習(さら)えるときに照りいでて雪ふる中を高窓のひかり
葉をすべて落としし樹形にゆきあえり先の先まで雪空を指す


  札 幌 内田 弘 *

三本締めに団結揺るがず声合す嘘を幾たび幾年吐(つ)きしか
次々と名刺交換するだけで時間通りに終わる新年会


  横 浜 大窪 和子

準工業地に建てし工場いつよりかマンションに囲まれ孤立しゆきぬ
かかる悲惨あり得るものか大統領が己が国民(くにびと)を空爆し尽くす


  那須塩原 小田 利文

雛人形飾る我が家に子と過ごす週末や良し四年ぶりなり
子が言ひし人を称ふる初めての言葉「おめでたう」は卒業生に



  東広島 米安 幸子

被爆国の一人と自覚せし十五歳核兵器なき世界を願ふ (愛子さま)
移住したい県一位といふ広島県かつて海駅(かいえき)なりし鞆の町へも


  島 田 八木 康子

しみじみとわが内にあり暗証番号思ひ出せずに引き返す歌
今はわが血肉と思ひ良しとせむ読みこしあらかた忘れ果てしも



  名 護 今野 英山(アシスタント)

フィナーレの「勝利の歌」はサンバのリズム思ひそれぞれ手は掻合(カチャーシー)
広場にも道にも流るるリズムはラテンここ南国の血を湧きたたす




先人の歌


宮地伸一  月・星の歌

蜜柑の花ほのかににほひオリオンも見難くなりて春逝かむとす
あるかなきかの光といへど心寄るわが銀河系の隣の銀河
明月記に定家記しし蟹星雲心にとめていまだ目に見ず
箱の中の母を抱きて水の上に沈まむとする夕星を見つ
わが命絶えなむはいつ絶えむとき消滅すべしこの大宇宙
ひむがしに宵々出づる赤き星われを救はむ光ともなれ
わが銀河に終焉の時ありといへど少年の日の如く憂へず
宵々の月と火星の位置の変化仰ぐをひとりの楽しみとせり
北極星真上に近く輝くを夜ごとに仰ぎ日本を恋ひき
六万年に一度近づく火星といふ今宵しるけし梅雨の晴れ間に


バックナンバー