作品紹介

選者の歌
(平成29年9月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

入院も退院も一人でして来たと友は然り気なく電話にて言ふ
遠き世の古文書今も残れるに現代の記録はたちまちに無し


  奈 良 小谷 稔

老いてより気づきし一つ静脈の走り根のごと浮ける手の甲
朝のバスに乗り込むは皆通勤者タマネギ提げて吾は畑より


  東 京 雁部 貞夫

トルコ巻きの煙草なにゆゑ楕円形ゲルベ・ゾルテを吾は好みき
創造と破壊いく度も繰り返し巴里にて自死す栄光の人


  さいたま 倉林 美千子

信濃路は今日雲透す光薄く待ちてくれたる友に近づく
みづうみは朝の風に波立ちて水路遡る水あふれたり


  東 京 實藤 恒子

核廃棄物の処理もなし得ず原発を再稼働させ再びの事故
人間のおごりはかくも暗かりし駅構内もいつの間にか明し


  四日市 大井 力

夏至待たず白々染まる半夏生年々早くなりて来りぬ
春蝉を聞かずになりて六十年いや七十年か過ぎて返らず


  小 山 星野 清

片や消え新たなる影加はればわが肺の画像に医師口ごもる
わづかなる症状の変化覚ゆれど術無しと知れば敢へて尋ねず


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

遠き日の記憶のどこかに通うもの夕五時町にチャイムながるる
漢字の筆順など今も戸惑いてどんな小学生だったのか私(わたし)


  札 幌 内田 弘 *

垂直なビルの窓を流れつつポプラの絮は舗道に積まれる
我を捜し南五条を行く時にススキノが一気に生き返りたり


  横 浜 大窪 和子

工場内の解体を指示する汝の声強ければ恃む心しづめて
わが前に突然汝の開きたるメキシコの市(まち)アグアスカリエンテス


  那須塩原 小田 利文

カーテンを取り払ひたる夜の部屋に己一人の咳聞きゐたり
今朝もまた心臓跳ねて脳疼く五十八歳となりたる吾の


  東広島 米安 幸子

人気なき夏の桑畑にたらちねの母は気づかふ戦場の子を
戦後七十年長き短きそれぞれの思ひ有耶無耶に夏がまた来る


  島 田 八木 康子

馬鈴薯のこの一畝(うね)は八木家用五月のうちに掘れよと友は
たまらなく会ひたくなる人苦手な人歌誌読み継ぎて出会ふ時々


  名 護 今野 英山(アシスタント)

いつよりか珊瑚の海の垣にからみたり乾びし棘もつ外来植物
ガイドする女(をみな)はやはり大阪生れ次から次へと淀むことなく



先人の歌


斉藤茂吉歌集『あらたま』より

うつし身はかなしからずや篁(たかむら)の寒きひかりを見むとし思ふ
家むかうの欅(けやき)のうへにほびこりし雲は光りて雨ふらんとす
とほく来し友をうれしみ秋さむき銀座の店に葡萄もちて食(は)む
しらぬひの筑紫のはまの夜さむく命かなしとしはぶきにけむ
馬ひとつ走りひびきて来るまの墓石店(ぼせきてん)まへに泥はねかへる


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