前回に引き続き、世を隔たれた選者の方々の初夏の歌を、歌集または新アララギ2000年に発表された分から紹介します。
山桜の色はさびしと見つつ来て敦賀に着けば雨となりたり
朝となり烏賊釣船の数ふえて二つ三つ海と空の境に浮かぶ
石井登喜夫 9月号
脳穿刺せむと握りし蛙子の澄みたる声に鳴きいだしたり
夏草の丈高く生ふる川の土手夕日浴びつつ斑牛ゆく
添田博彬『企救小詠』
紅
の一点となり日は沈む午後十時すぎてハーグの森に
シーボルトの伝へしあぢさゐか忍冬の垣に花咲く淡きむらさき
新津澄子 9月号
仏法僧鳴きしきりつつ更くる夜にまぼろしのごと遠き野火見つ
きぞ降りしひと夜の雨に赤濁り流るる河を砲艦行けり
宮地伸一 『町かげの沼』
湿原のまなかに湛ふるひとつ沼七月の白き雲をうつせり
遠く来て八島湿原の花のなか露おぶる白山風露にかがむ
三宅奈緒子 10月号
朝に咲き昼を盛りと匂へれど木槿は夕べおのづから散る
窓下に干からびし守宮のむくろあり紙に拾へば未だいとけなき 佐々木忠郎 9,10月号
円山川をさかのぼりゆく夕潮の海のひかりにつづくあかるさ
雹の降る天のまほらを閃光の裂きて雷落つ平城山あたり
小谷 稔 9,10月号
ゆくりなく並びてしばし歩みたり色づきそめし半夏生のそばを
水張りしままに放置せる田のありてこれも休耕の一つの姿か
吉村 睦人 10月号 |